働き方を変えるために - コンサルタントコラム 748

コンサルタントコラム 748

働き方を変えるために

最近、一億総活躍社会の実現や働き方改革という言葉がよく聞かれるようになった。今までの政権も、長時間労働の是正や女性の社会進出の促進などに個別に取り組んできた印象があるが、最近の動きはより包括的かつ国を挙げての取組みといった様相である。

その背景には、平均寿命の伸びに伴う高齢化、および少子化に伴う労働力人口の減少があり、それらによって、このままいけば日本の国力(ここでは国内総生産(GDP))が低下するであろうという危機感がある。やや長期的に日本の総人口の推移を見てみると、明治初期に3200万人程度だった人口が1950年には8000万人を越え、2008年に1億2800万人というピークを迎える。しかし、その後、2060年には9000万人を割り込み(高齢化率は40%近い)、2095年には5300万人になる見込みである1

1 鬼頭宏「図説人口で見る日本史」、厚生労働省HP「日本の人口の推移」、総務省統計局HP「人口の推移と将来人口」より

ただ、労働力人口が少なくなるということが、国力の弱さや社会の貧しさに直接的につながるかというとそうではなく、むしろ産業の基盤が、労働集約的な農業から資本集約的な工業へ変わっている社会においては、労働人口の伸びと経済成長(≒国力)はあまり関係がないそうである。では、一国の経済成長を支えるものは何かというと、経済成長率と人口の伸び率の差、すなわち労働生産性の成長であり、さらには一人当たりの労働者の所得や消費の伸びである2

2 吉川洋「人口と日本経済」

なるほど、だからこそ、昨今、「日本の生産性は諸外国と比べて低い、もっと生産性を上げるべき」とか、「仕事の付加価値を考えよう」などと声高に言われるし、そのような本も巷にあふれている。そして、政府も官邸主導で本腰を入れ始めたのだ。また、労働生産性という観点からは、特に日本人女性の労働生産性が低いことも最近注目されつつある3。もはや、「ちゃんと仕事をしているのだから、どのように働こうが個人の勝手じゃないか」ではないのである。

3 東洋経済ONLINE「なぜ日本は「女性の生産性」が極端に低いのか」(2017年1月6日)

日本の労働者一人当たりの生産性を上げるという目的のために、政府や企業レベルでは、子育て支援の充実や介護支援の充実、高齢者雇用の促進、非正規雇用労働者の待遇改善、最低賃金の引き上げ、さらにはプレミアムフライデーなど様々な取組みが検討されている。それらの一つ一つの取組みは決してバラバラなものではなく、またはそれら取組み自体が「目的」なのではない。日本の労働者一人一人の生産性を上げること、すなわち、それは日本という国が成長し続けていくため、そして豊かさを維持していくために不可欠なことになっているのである。

とはいえ、個人レベルで考えると、日々一生懸命働いているにもかかわらず、会議ばかりに時間がとられるし、意思決定には時間がかかるし、ムダな業務はなくならないし・・・、働き方を変えろと言われても、個人レベルでできることは限られている、という考えもあるだろう。そこで、日々の仕事において個人のレベルで少しでも働き方を変えるためにどのような意識を持てばよいか、「個人の意識」にフォーカスをして少し考えてみたい。

働き方を変えるために個人として意識すべきことの一つ目は、自分の仕事の「時給」を意識することだと思う。「あなたの年収はいくらですか?」と問われて答えられる人は多いと思うが、「あなたの時給はいくらですか?」という問いに答えられる人は少ないのではないだろうか。自分の仕事の「時給」、すなわち、1時間当たりの自分の仕事の経済的価値がどれくらいなのか、を自己認識した上で、「お客様から時給XX円をいただく価値のある業務をしているだろうか」、または「この業務に2時間かけるほどの意義がどうしてもわからないから、まずは上司に確認してみよう」などと意識・行動することである。
「時給」を意識すると、どのような業務にどれくらいの時間をかけるべきか、という思考が生まれてくる。さらに、なるべく価値の高い業務をなるべく短い時間でやろう(=時給を上げよう)、という意識に変わってくる。ただし、この場合、注意しなければいけないのは「価値の高い業務」の「価値」とは、自分の価値判断や好き嫌いで決まるものではなく、あくまで「他人」(その業務の提供先、すなわち、お客様や消費者など)が決めるものであるということである。したがって、自分の中で、常にそのような「他人」の視点を持つ必要がある。

二つ目の「個人の意識」としては、日々の仕事をする中で、上位者の仕事をなくすような質の高い仕事をする、そして、下位者に無駄な仕事をやらせないような役割分担や仕事の任せ方をするという意識を持つことである。もちろん、業務プロセスの棚卸しや見直し、意思決定プロセスの効率化など、仕組みベースで改善できることは多いし、そのインパクトも大きい。しかし、仕組みの見直しにはどうしても時間がかかるし、絶対に正しい仕組みというものもない。だとすれば、ムダな業務や会議が多いことを仕組みのせいにするのではなく、また、仕組みの問題が解決するまで待つのではなく、個人レベルで日々の業務のやり方や任せ方を見直すことによって、自分の働き方を変えることができるのではないだろうか。また、上位者がより価値の高い業務に、そして下位者がより重要な業務に集中できるようになることによって、自分以外の人の働き方も変えることができると思う。

「職場」での働き方を変えるための「個人の意識」としてもう一つ重要なことは、逆説的かもしれないが、「職場以外」の「仕事」(=やりたいこと、やるべきこと)を作り、職場や家族に宣言し、きちんとそれにコミットすることである。職場の仕事の中だけで働き方を変えようとするのではなく、「職場以外」でやりたいことを1週間の時間の中に組み入れることである。ライフステージやライフスタイルによって人それぞれであるが、ファイナンスについて学ぶためにセミナーに参加する、水曜日の夜は習い事に行く、週2回は子供の迎えに行く、週3回は家族で夕食をとるなど、なんでもよい。自分がやりたい、またはやるべき「職場以外」の「仕事(コミットメント)」を決めておくことによって、1週間の「職場」での働き方がより計画的、かつ効率的な方向へ変わってくる。そのような方向に働き方が変わってくることによって、学び方、休み方、職場や家族とのコミュニケーションの仕方などにもよい影響が出てくるはずである。

「人間は習慣の生き物である。」4とすれば、長年の習慣の塊である働き方を変えることは容易ではないかもしれない。どうしても今までに身についた働き方を踏襲しがちであるし、ともすれば、自分の働き方を他人にも求めがちである。
他方で、誰にでも平等に与えられている時間というものは、「無限の冨を生む、実に不思議な貴重品」5でもある。仕事の時間は、人生の約3分の1と言われるが、自分の働き方を少しでも変えようと意識することで、自分の時間を「無限の冨」に変えることが可能なのである。
働き方を変えることが、一人一人の労働生産性を上げ、そして、個人の人生を豊かにすることにつながるとしたら、また、日本という国の未来の豊かさにつながるとしたら、一人一人ができることから始めてみようと思えるのではないだろうか。

4 ジョン・デューイ(アメリカの哲学者・教育哲学者・社会思想家)の言葉
5 アーノルド・ベネット「自分の時間」より