確定拠出年金とパターナリズム - コンサルタントコラム 747 | マーサージャパン

コンサルタントコラム 753

確定拠出年金とパターナリズム

甲斐 佑太

執筆者: 甲斐 佑太 (かい ゆうた)

年金コンサルティング コンサルタント 日本アクチュアリー会 準会員

2016年6月に確定拠出年金(以下、DC)法の大幅な改正が実施され、現在は政令以下の詳細の検討がなされているところである。その一環として、2017年2月に第1回確定拠出年金の運用に関する専門委員会が開催された。これは、DCの運用のあり方について議論すべく社会保障審議会企業年金部会の下に設けられた委員会である。

これまではDCは従業員が自らの意志で積極的に資産運用を行い老後に備えることを基準とした制度であると捉えられてきたが、今はそのあり方を大きく変えようとしているように思われる。本稿では改正の内容を一部抜粋し、改正の根底に共通するトレンドを考察してみたい。

1. 運用商品の提示に関する改正

まず、運用商品を選択する加入者に提示される商品数について、現行にはない上限が設定されることとなった。これは、商品の数(=選択肢)が多すぎると人は思考停止してしまい効率的な選択ができなくなる、という行動経済学の知見等に基づくものである。上限として具体的な数値を一律に設けるのか、あるいは何らかの要件やガイドラインにとどまるのかは今後の議論を待つところであるが、実務や現状採用されている商品数の統計等を考慮したものとなると考えられる。

2. 指定運用方法に関する整備

指定運用方法(いわゆるデフォルトファンド)とは、加入者が運用指図を行わない場合に、事前に企業が定めた商品に投資するものとして取り扱われる商品をいう。改正DC法では、指定運用方法は「長期的な観点から、物価その他の経済事情の変動により生ずる損失に備え、収益の確保を図るためのものとして厚生労働省令で定める基準に適合するものでなければならない」とされた。具体的な基準は現時点では未定であるが、多くの制度で指定運用方法として利用されていると思われる元本確保型の商品は、改正厚生労働省令の施行後には推奨されないものとなる可能性がある。

では、もし指定運用方法として企業がリスク性商品を設定し、運用指図を行わなかった従業員がその投資によって損失を被った場合、その責任は誰が負うべきなのだろうか。投資は自己責任、の原則から10対0で従業員に非があると言えるのであろうか。おそらくすぐに答えの出る問いではないが、訴訟リスクに備えるために、労使のコミュニケーションの十分性や運用商品選定プロセスの適切性、ガバナンスの堅確性等の重要性が一層増していくように筆者は想像する。

 

さて、これら2つの改正にはその根底に共通する考え方がある。それは、人間は必ずしも経済合理的に行動するわけではないということである。前者の改正は通常不利益のないはずの選択肢の純増が選択結果に及ぼし得る悪影響を懸念するものであるし、後者の改正は面倒である・知識がない等を理由に行動しない者を一定程度救済しようとするものであると考えられる。

このようなある種の介入は、社会学や政治学の用語でパターナリズムという。パターナリズムとは、Wikipediaを参照すると「強い立場にある者が、弱い立場にある者の利益になるようにと、本人の意志に反して行動に介入・干渉すること」と定義されており、日本語では父権主義などと呼ばれる。ここでは強い立場にある者とは即ち企業であり、弱い立場にある者とは従業員をそれぞれ当てはめることができよう。

パターナリズムはともすると個人の自由の制限につながる可能性があり、近代の自由主義的な考え方からすると否定的に映るかもしれない。しかし、情報過多の現代社会においては避けては通れないものだと筆者は考える。その意味で、これらの改正も肯定的に捉えている。とはいえ制限が行き過ぎるとそれはもはや管理ともいえ、要はバランスが重要なのである。実務への影響も大きいところであり、委員会での議論を含む今後の動向を注視したい。