フロンティアの舞台裏~ヤンゴン大学の教室から~

Vol. 10 ジョージ・ソロスと100人の賢者


大久保 晋吾

執筆者: 大久保 晋吾(おおくぼ しんご)

北海道十勝の大自然に憧れ、親元を離れ9歳で山村留学、小学校時代を過ごす。途中、経済的事情により高校中退を余儀なくされるも、多くの心ある人達に支えられ、後に慶應義塾大学、同大学院を、共に特待生(学費全額免除)として修了。弁護士(世田谷綜合法律事務所所属)。元外務省職員。現在は2013年末に25年振りに再開したミャンマーのヤンゴン大学で教員として日々奔走中。
また、ライフネット生命保険はじめ、複数の経営コンサルティング会社、4つの国内最大手法律事務所でインターンとして勤務した事を機に社会起業家(ソーシャルアントレプレナー)に興味を持ち、ミャンマー発のスタートアップ、ソーシャルベンチャーキャピタル等の支援にも関わる。

ハンガリーからのラブレター

2013年に大学が再開し、ちょうど一年が経った頃、初めは意気揚々としていた教授陣も目の前に積み上がった課題と圧倒的な教員不足という現実に直面し、新しいことへの挑戦に対して億劫になっている雰囲気が感じられるようになりました。

「0から大学を作る」ことが出来るにも関わらず、これまでの古い大学教育をただ踏襲し、毎日の講義をこなすだけでは勿体無い。学長をはじめ、多くの教員の胸にそのような想いが燻り始めていました。共通の想いを汲むのであれば、「もしどんなことでも可能ならば、世界中から各分野の専門家を集めてアイディアを募り、最高の講義やカリキュラムを0から作り上げたい」、そういった初心に対する葛藤であったように思います。

そんなある日、一人の外国人講師を通じて、理想の教育を作るという同じ想いを綴ったラブレターが届けられました。差出人はハンガリー・ブダペストから。数日後、彼はヤンゴンの街に現れました。

開かれた大学(Open University)へ向けて

御年85歳になるジョージ・ソロス氏と彼の率いるオープン・ソサエティ財団(Open Society Foundations)の支援を受けて1、ヤンゴン大学は各学部5 - 10名弱、全20学部で総勢100名以上の専門家を招聘することになりました。米国の名門コロンビア、ジョンズホプキンスから、英国のオクスフォード、LSE、シンガポールのNUS、オーストラリアのANUまで、文字通り世界中の大学から各分野の権威と呼ばれる教授がヤンゴンの地に集まり、半月ほど合宿のように昼夜を問わず、アイディアを出し合い、ある教授の言葉を借りれば、「10代の時のように青臭く」、理想の教育を語り合いました。

その時点までは、他国との交流は数少ない外国人教員などに限られていたのですが、突然100名超の外国人教授の勤務する日常が訪れたことを機に、ミャンマー人教員も優れた適応力を発揮し(人間の適応力の高さに改めて驚きました)、数日後には、英語で分け隔てなく意見をぶつけ合うようになりました。

世界との協働のはじまり

教育の分野に限らず、ビジネスにおいても、具体的事業に関して一切の制限なく、世界中からトッププレイヤーを集めて議論を重ねることが出来れば、参加者の多様な引き出しの中からこれまでにないアイディアが飛び交うことになるでしょう。もちろん、それを形にするのは違う次元の困難が伴い、ヤンゴン大学は今後それらと正面から向き合う必要がありますが、少なくとも異質なプレイヤーとの協働は、ヤンゴン大学のメンバーにその後の変化に繋がる大きな影響を与えたようです。

現在、中国からの留学生を筆頭に、アジア各国、そして日本からも数名留学生が正規の学生として在籍しており(日本人は、東京外大ビルマ語科の学生のみと聞いています)、キャンパス内で、外国人の学生を見かけることも珍しいことではなくなりました。本当に外国色が0だった開校当初と比べると、ミャンマーの学生が外国人留学生と一緒に学食でコーラを片手に、美味しい小籠包を楽しんでいる画は隔世の感があります。

双方向のケース・スタディ型の授業、少人数のゼミ形式の研究会、MOOC(Massive Open Online Course: 大規模公開オンライン講座)を利用した講義など、実際に効果が現れる迄には暫しの時の経過を要するかもしれませんが、開かれた大学に向けて一つのターニングポイントとなった、という点において、ソロス氏は多くのものを遺していきました。それと同時に、ミャンマー人の教員、学生が、外部の力を借りて急激な変化を取り入れ、且つ、それを進んで受け入れたことは、心のあり方として簡単に見えて難しいことであるように、日本の教育の現場を顧みる中で一層強く感じています。

1) ジョージ・ソロス氏の活動及びオープン・ソサエティに関する考え方は、以下の著書に詳細が記されています。
『世界秩序の崩壊 「自分さえよければ社会」への警鐘』 ジョージ・ソロス(著)、越智 道雄(翻訳)、2009年
『ジョージ・ソロス―投資と慈善の哲学(NHK未来への提言)』 ジョージ・ソロス、山本 正(著)、2008年