フロンティアの舞台裏~ヤンゴン大学の教室から~

Vol.12 ダボス・イン・ヤンゴン

大久保 晋吾

執筆者: 大久保 晋吾(おおくぼ しんご)

北海道十勝の大自然に憧れ、親元を離れ9歳で山村留学、小学校時代を過ごす。途中、経済的事情により高校中退を余儀なくされるも、多くの心ある人達に支えられ、後に慶應義塾大学、同大学院を、共に特待生(学費全額免除)として修了。弁護士(世田谷綜合法律事務所所属)。元外務省職員。現在は2013年末に25年振りに再開したミャンマーのヤンゴン大学で教員として日々奔走中。
また、ライフネット生命保険はじめ、複数の経営コンサルティング会社、4つの国内最大手法律事務所でインターンとして勤務した事を機に社会起業家(ソーシャルアントレプレナー)に興味を持ち、ミャンマー発のスタートアップ、ソーシャルベンチャーキャピタル等の支援にも関わる。

授業はダボス会議スタイルで

ヤンゴン大学は開校当初から、中間、期末テスト、卒業論文を全て英語化することで、学生の英語力を短期間で高めることに成功しましたが、そうは言ってもやはりミャンマーを取り巻く世界的な課題について英語で議論し、解決案を共に考え、実行する機会は未だに極めて少ないのが現状です。ミャンマーも参加するASEAN各国は基本的に共通の言語を持たないため、地域の課題解決にも英語での議論は避けて通れません。

少なくない外国人教員から、もっと世界の課題を英語で議論できる場をつくろうという声が上がり、試験的に、社会人学生なども含め、学部横断的に、ダボス会議のような少人数でモデレーター(教員)の司会のもと、議論をする形式の授業が導入されました。とりわけ、ご自身がダボス会議の常連でもある、東アジア研究の大家、ジョンズ・ホプキンス大学ケント・カルダー教授の授業は、毎回、学生のうち数人がパネリストのように教員と共に前方の椅子に座り、特定のテーマで一時間程度議論を展開する、というスタイルを採り入れ、まさに模擬ダボス会議といった色が強く感じられました。

日本では、「ダボスの経験を東京で」と題して、一橋大学名誉教授の石倉洋子先生が企画しているプロジェクトが有名ですが、実際にミャンマーでも、既に世界経済フォーラムの東アジア会議(ダボス会議の地域版)が開催されているように、将来ダボス会議のような会合に参加する人がヤンゴン大学卒業生からも登場するこ とでしょう。早い段階から世界的な課題について英語で議論を交わし、各自が解決へ向けた考察を深めると同時に、様々な事象にアンテナを張って学生生活を過ごしてほしいと感じます。
私も幾つかの授業にゲスト教員として参加しましたが、小さな試みではあるものの、大きな手ごたえを感じる企画となり、このようなスタイルの講義が一つの形として定着することを願うとともに、参加学生のうちのわずか数人でも何かを感じ取って貰えたなら大変嬉しく思います。

ミャンマーは日本を待っている

自他共に認めるとおり、ミャンマーには様々な可能性が眠っている反面、最後進国としての側面も残っており、ともすれば、未だにそんなことも行われていないのか、と多くの日本からの訪問者が感想を抱くようです。それは即ち、日本がイニシアチブをとって協働する余地が多いことも意味しています。

既に読者の方は御察しかもしれませんが、軍事政権や長引く内戦などの巷でのイメージとは異なり、新しいことや外部との交流に対しては、前向きな性格の方が多く(実現可能性や行政上の規制の厳しさは、国民性とは違う次元の話です。)、今後も多くの共同プロジェクトが企画されることが容易に想像出来ます。

実はヤンゴン大学と日本の関係は深く、2013年開校当初の学長は東京大学で修士課程を修めた方であり、3人いる副学長のうち2人が、同様に日本への留学経験があるなど(当然、全員日本語は堪能です。)、今日でも、ヤンゴン大学では日本との繋がりを強く持っている方が多く勤務しています。そして、これはヤンゴン大学に限った話ではなく、他の大学や政府当局でも、同様の状況を幾つも見出すことが可能です。必ずしも従前から交流が深かったわけではない各国の大学、企業、NPOなどが、様々な機会を捉えて協働の歩みを進める中、日本からも過去を上回る相互交流の機会が提供されることを私自身も強く期待しています。

些細な例ではありますが、先日も豪華な庭園とともにキャンパス内にオープンした飲茶料理屋に於いて、他の教授、学生から、「ところで、日本食レストランはいつ大学に入ってくれるのだろう。」、との声を多く聞くこととなりました。その声を日本に届けることをもって、一先ず私自身の役割を果たしたいと思います。