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1. 低経済成長時代の人材マネジメント戦略
米国のサブプライム問題をきっかけに、世界的な金融危機のリスクが高まっている。現在の米国の状況と90年代の日本の状況の類似性を指摘する識者もあり、米国の長期的な景気の低迷を懸念する声も多い。米国市場が重要市場となっている日本企業も多く、日本企業も景気後退を前提とした戦略への転換を迫られている。
これらの変化は、組織人事の領域に対してどのような影響を及ぼすのであろうか。2008年2~4月にかけ、マーサーは米国で景気後退局面における組織人事戦略のあり方について、北米の主要企業を対象に調査を行った。1
1 2008年2月に“Compensation and staffing implications of a changing economic environment” という国際オンライン調査を実施。北米400企業が対象。
2008年3月、4月に35顧客にインタビュー。対象企業は13産業。インタビュー参加企業には、複数回答式のアンケートも依頼
この調査では、いくつかの興味深い結果が得られた。その中に「米国企業は前の不況の際、思い切ったリストラを行った。しかし、その結果、組織や人が傷つき苦い経験をしたため、今後、景気後退期が訪れても、極力、リストラは行わない。むしろ、優秀な人材を確保し、育成するための投資は積極的に行う」
というものがあった。
我々は、米国企業といえば、比較的ドラスティックにリストラをするイメージがあるが、彼ら自身も変化している。不況時だからこそ人材の獲得が難しくなるので、その対策として引きとめを重視するというのも、コストベネフィットの観点に立てば納得がいく。同じことは日本企業にも当てはまると思われる。
優秀人材の確保や育成への投資を続けていくことを考えた場合、とはいえ業績は伸び悩むだろうから、いかに少ないリソースを効果的に配分するか、が重要になる。つまり、投資すべき人材の見極めが、よりシビアになるのである。ここで人材アセスメントの精度向上が求められることになる。
2. 人材アセスメントの精度向上
人材アセスメントを難しくする要因(1) 組織形態の変化
しかし、人の目利きは難しい。
筆者は、情報関連技術が飛躍的に進化した90年代から、ますます人の目利きが困難になってきたという仮説を持っている。というのは、情報関連技術の進化によって、組織のフラット化、グローバル化が急速に進行したからである。一言で言えば、「個人の活動が以前に比べ見えにくく」なっているのである。
90年代前半までは、フラット組織と言っても、実際は非公式なレポートラインが裏で機能していることが多かった。人材マネジメントの意思決定者は、そのような裏のルートから実態情報を入手し判断材料としていた。裏のルートとは、どんなものだったかをもう少し具体的に説明すると、それは電話の途中での雑談やタバコ部屋でのちょっとした会話などのインフォーマルなコミュニケーションの中で機能することが多かった。しかし、情報関連技術の進化は、「必要と思われる情報」のみを効率的にやり取りすることを可能とした。その結果、インフォーマルなコミュニケーションの中に存在していた裏の情報ルートを毀損してしまったのである。
また、「事業のグローバル化」も要因の一つとして挙げられる。しかし、これはフラット化とは若干意味合いが異なる。もっと以前に海外で事業を始めた段階で、地理的な距離が拡大し、人材は見えなくなっていたのだが、各ローカル拠点内でビジネスが完結していたので、それほど大きな問題にならずに済んでいたが、グローバル化が一定のレベルを超え、グローバルとしてのマネジメント施策を打とうとしたときに、「実は見えていなかった」ことが問題になってきているのである。
また、グローバルで人の目利きが難しい理由の一つには、その人材の置かれている状況(環境)のとらえ方が難しい、というのもある。以前、筆者は大手機械メーカーの海外駐在員の評価を決定する評価会議のデザインをお手伝いし、また、実際にその会議に出席したことがあるが、もっとも議論が分かれるのがこの「状況の困難さ」をどう勘案するかであった。2
2 組織間で評価の横串を刺すことは大きな課題であるが、この会社の場合、評価会議という横串を刺すメカニズムをデザインし運用するというアプローチを取った。
人材アセスメントを難しくする要因(2) 環境の評価
世の中には様々な人材アセスメントの手法がある。一つとして完璧なものは無く、目的や事情に合わせて最適なものを選ぶしかないのだが、中でもマーサーでは、インタビュー形式によるコンピテンシーアセスメントを推奨している。その理由は、学問ではなくビジネスの場面で通用することを考えた場合、この方法が他のアセスメント手法に比べ、格段に有効だからである。
しかし、そのようなアセスメント手法であっても、やはり限界はある。その中の一つがグローバル化の部分で少し触れた「環境(場)」要因である。
図1に示したように、人間の「行動」は、「個人(個性)」がどのような「環境(場)」におかれるかという関数で表すことができる。同じ人であっても仕事や立場が変わると、それこそ人が変わったような行動をすることがあるのは、皆さん良くご存知の通りである。コマツの坂根会長は日経ビジネスのインタビューの中で「私は45年に及ぶ会社人生の中でいろいろな人を見てきました。そこで学んだのは人には上に行けばいくほど能力を発揮する人と、途中でダメになる人の2つのタイプがあるということです。」と言っている。3
3 『“飛び級”などあり得ない』日経ビジネスマネジメントvol.3 2008年8月 日経BP社
図1 人材アセスメントと役割評価の関係

問題は、現時点の思考行動特性をとらえるのではなく、「今おかれている場での思考行動特性」を分析し、それが異なる環境におかれたときに(つまり新たな役割や権限を与えられたときに)、どれだけ有効であるかを推測することにある。
そういう意味では、行動分析の能力のみならず、役割をビジネスの文脈で読み解く力(ビジネスリテラシー)がアセッサーには求められるである。ここにおいて、マーサーの持っている役割評価の手法(IPE:International Position Evaluation)が意味を持つ。
役割評価(IPE)の新たな活用法
90年代後半から始まった成果主義ブームにおいて、役割評価は様々な職務に一定のルールで横串を刺し、評価処遇の公正さや社員の納得感を高めるためのツールとして活用されてきた。これはこれでとても価値があり、現在でも事業統合やグローバルマネジメントなどの場面で頻繁に活用されている。
しかし、役割評価を「環境を評価するツール」として考えたとき、これまでとは全く異なる人材アセスメントが可能になる。
IPEでは、「影響」「折衝」「革新」「知識」「危険」という5要素と更にそれを細かく分類した12軸で、役割の大きさ及び特徴を評価する。この要素と人材アセスメントの評価軸を合わせると、求められる役割の特徴と能力面での充足度合いが把握できる。当然ながらその充足度合いは数値化することも可能である。
役割評価と人材アセスメントは「仕事」視点で見るか、「人」視点で見るかの視点が違うだけで、実際は同じものを見ている。にもかかわらず、これまで2者は全く別ものとしてとらえられていた。複数の視点で物事を見ることで見方の精度は向上する。単に複数のアセッサーが見るのではなく、役割と個人の能力という別の要素から見ることで、質的に異なる精度の向上が期待できる。
これこそが低成長時代に求められる人材アセスメントのアプローチなのではないだろうか。
3. マーサーの提案~人材アセスメントと役割評価の統合
人材アセスメントと役割評価を組み合わせることで、アセスメントや役割評価を単独で行う際に期待される効果に加え、以下のような追加的効果が得られる。
図2 分析イメージ(職務評価とアセスメントの統合)

組織全体での適材適所の実現
適材適所の人員配置とよく言われるが、それを実行するための論理的な手法はこれまでのところ無かった。いわゆる勘と経験の世界になっていた。しかし、人材アセスメントと役割評価を組み合わせる手法は、これを論理的に可能にする。
先に、これからしばらく低経済成長が続くことが予想され、そのため限られたリソースをいかに有効に活用していくかが、これまで以上に問われるようになることを指摘した。これを踏まえたこれからの「適材適所」とは、役割と能力を可能な限り一致させる、ことにつながる。つまり、役割に対して能力が不足しているのはもちろん問題であるが、役割に対して能力が高すぎるのも組織全体から見た場合望ましくないということである。
役割と能力のベストマッチを全ての役割について実現することはもちろん不可能に近いが、「勘と経験」から「論理的手法」への転換は、可能な限りのベストマッチが実現できる可能性を示唆している。
打ち手の増加と精度の向上
そして、役割と能力を同時に把握することで、それらのミスマッチを解決する解の選択肢が、単純に言って倍になる。
役割に合わせて人を入れ代える(あるいは育てる)のか、人に合わせて役割(組織)を変えるのか、そして、その際はどの能力や要素に注目すれば良いのか、が明らかになる。これらの点が明確化されるということは、戦略や制約条件に応じた打ち手の精度が高まることにもつながる。
戦略実行のための組織のケイパビリティの把握
そして、役割(機能)とそれを遂行する人材の能力を的確に把握することは、組織全体としての戦略実行能力をアセスすることにもつながる。
戦略上のあるべき組織体制をイメージしそれと比較した際に、特定部門の役割(機能)が不足していることが分かったり、あるいは戦略上重要な役割に就く人材の能力が不適切であることが分かったりする。単純に役割の大小や能力の高低でなく、それらを構成する要素レベルで状態を把握できるので、戦略に対する向き不向きが分かることがポイントである。
人材アセスメントの精度向上のため、役割評価と組み合わせるアプローチは、単にアセスメントの精度向上に資するのみならず、組織のケイパビリティの把握にもつながる。そして、これは低成長時代を迎えようとする経営にとって、二重三重のメリットをもたらすことになるのである。
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