「従業員エクスペリエンス」の時代

ビジネス・会議
15 12月, 2019

 

従業員エクスペリエンスという考え方をご存じだろうか。従業員エクスペリエンスとは、従業員が組織の中で体験するあらゆる経験価値のことを指し、従業員と企業の接点すべてにおいて発生する。組織内の従業員エンゲージメントを高めるための観点として語られることも増えてきたが、今一度、従業員エクスペリエンスが注目される背景と必要なマインドセットや変化について考えてみたい。

元々「エクスペリエンス」とは、顧客への価値提供の文脈で使われてきた言葉だ。モノづくり産業においてコモディティ化が進み、モノそのものではなく顧客へのサービスによって差別化が図られるようになったこと、また、デジタル変革によりあらゆる手続きの自動化・効率化が進むようになったことで、顧客はよい体験(エクスペリエンス)を得る機会が増え、どのようなエクスペリエンスを得られるかがモノやサービスを選択する軸となった。現代では、サービスがもたらすエクスペリエンスが企業活動の成否を握ると言われるほど、顧客のサービスへの期待が高まり、同時に顧客のそれへの評価も厳しくなっているのである。

このように顧客を対象として表現されてきたエクスペリエンスが、昨今は従業員を対象としても考えられるようになってきている。従業員も社会生活における顧客として、普段からよいエクスペリエンスを享受しており、それと同じものを自然と企業・職場にも求めるようになったというのが一つの背景としてあるだろう。また、現在の日本の労働環境は売り手市場であり、加えて若年層を中心に転職し主体的にキャリアアップを目指す意欲も高く、最初に入社した企業に定年まで所属するという意識は薄くなっている。どの企業が自身にとって一番よい経験ができるかを軸に自由に企業を選択し、一度就労を開始した後も得られる経験の内容によって企業を変えていく時代に変わりつつあり、そのような従業員を自社に惹きつけ・引き止める必要性が増したのも一つの背景だ。これらの傾向は今後も強まるであろうと考えている。

このように従業員が企業に求めることの変化を受けて、企業が従業員を顧客のように扱い、従業員エクスペリエンスも企業活動の成否を握ると考えられるようになった。その表れとして、先進的な企業では従業員エクスペリエンス担当を任命するなど早速取り組みを始めている。

では、具体的に従業員エクスペリエンスを向上させるためにはどのようなマインドセットや変化が必要だろうか。従業員エクスペリエンスは企業と従業員のあらゆる接点が対象となるため、どのように考え始めればよいのかわからない企業も多いかもしれない。筆者は以下のポイントが肝要と考えている。

まずは従業員の多様性への理解だ。日本企業では新卒入社の男性社員が人材の多数という時代もあったが、現在では女性や外国籍社員、他社から転職してきた社員、雇用形態も様々なメンバーが存在する。これらのメンバーが、企業や仕事に求めることも千差万別であろう。性別や世代というわかりやすい属性情報だけで多様性を理解するのではなく、価値観まで踏み込んで理解をすることが従業員エクスペリエンスを向上させる施策を考える上では重要である。

次にHR部門の役割の変化だ。従業員エクスペリエンスの向上を主導するのはHR部門になることが多いだろう。旧来のHR部門は、人員の情報管理業務や従業員の就労に関する各種手続き業務を主として、従業員の要請・要望を受けて業務を遂行する役割が大きな割合を占めていたが、今後は従業員を顧客として捉え、従業員のニーズを先読みし、プロアクティブに活動するサービス提供者に変化する必要があると言える。また、従業員エクスペリエンスは企業と従業員のあらゆる接点を含むため、人事に関わることだけでなく、例えば出張管理や経費精算のフロー等の経理業務に関することも向上の対象に含む。そのため、HR部門に閉じずに他の部門との連携を図るクロスファンクショナルチームを組成し、そのドライバー役となることも必要であろう。このような今後のHR部門の役割は、マーサーの他の記事では「人間を中心とした時代に人と人をつなぐ」とも表現されている。

https://voice-on-growth.mercer.com/content/mercervog/jp/articles/career/employee-experience-in-the-age-of-disruption.html

 

そして最後は、従業員エクスペリエンスにおける課題は各社固有であると認識し、それに愚直に向き合うことだ。昨今の情報環境では、他社で実施された人事施策が入手しやすくなったため、自社と近しい事例があれば、我が意を得たりとすぐそれを試してみたくなることもあるかもしれない。しかし、当然ながらその施策の背景・狙い・対象者等は自社とは別物であり、そのまま使えることはほとんどないといっても過言ではない。事例は考え方やアイディア創出のヒントにはなるかもしれないが、真の課題解決策は、自社の従業員と会社の接点をよく観察し、従業員のことを理解し、企業側が考え抜くことで生まれてくる。顧客一人一人に向き合い、ロイヤリティの高いファンで居続けてもらう努力をしているように、従業員に対しても正面から向き合いながら個別・固有の課題解決を地道にすることが一番の従業員エクスペリエンス向上の近道である。

今回は従業員エクスペリエンスの向上に向けたマインドセットに焦点を当てたが、マーサーではグローバルのナレッジとして、従業員がどのような経験を求めているかのポイントを整理している。詳細は合わせてこちらの記事もご参照いただきたい。

https://www.mercer.com/our-thinking/career/voice-on-talent/building-a-better-employee-experience.html

 

執筆者:枝 侑加 (えだ ゆか)

組織・人事変革コンサルティング アソシエイト コンサルタント

「従業員エクスペリエンス」の時代