マーサーアカデミックコラム 第1回
CEOの名前が、企業戦略の独自性を左右する?

「珍しい名前」と企業戦略の関係

企業の戦略を左右する要素は何か?と問われたら、皆さんは、どのように答えるだろうか。

 

市場環境や経営資源、技術革新に加えビジネスモデルなども挙げられるかもしれない。またミッション・ビジョン・バリューや経営者のリーダーシップも含まれるだろう。実際、サクセションプランニングや次世代リーダーシップ開発に注力している企業は、リーダーのあり方が企業の戦略を左右する大きな要素であることを前提に置いている。

 

このように戦略を規定する要因として過去に論じられてきた要素は数多あるが、近年ここに新たな要素が加わりそうな気配がある。それは”CEOの名前“である。

 

「CEOの名前の珍しさが、企業の戦略を左右する」、と言われてピンと来る人はまずいないであろう。冗談をいっているのではいかと訝しがる人もいるかもしれない。が、ちょっと待ってほしい。背景から説明しよう。

 

経営学の中でもトップの学術誌であるStrategic Management Journalで「CEOの珍しい名前が、戦略的独自性にどのように影響を与えるのか?」(筆者意訳)¹という論文が2021年に発表された。1998年から2016年に米国で上場していた1,172社をもとに、CEOの名前がユニークであればあるほど、同じ産業に属する競合他社と比較して、独自性の強い企業戦略を取る可能性が高いことが実証的に示されたのである。

 

名前とアイデンティティーの結びつき

なぜ、珍しい名前を持つCEOは、競合他社とは異なった戦略を取りたがるのだろうか?本論文の著者であるKang博士らは、その原因が幼少期の心理的な発達にあると説明付けている。実は心理学では、人の名前が個々人のアイデンティティー形成に深く関わっており、人間の発達において少なからぬ影響を及ぼすことが古くから知られている。また他者との関係の中で形成された自己観(自分へのイメージ)は「関係的自己」と呼ばれるが、名前は関係的自己に影響を与えることで、他者への振る舞いなどにも影響を与えると考えられてきた。Kang博士らはこうした心理学の知見が経営戦略論でいまだ活用されていないことに目を付けたのである。

 

皆さんの中にも、小中学校で1人くらい、珍しい名前を持った生徒がいたことを記憶している方は多いのではないだろうか。名前がユニークなことで、個性ある子どもとして見なされる可能性が高くなり、本人は「自分は他のみんなとは違うんだ」という意識を持つようになる。さらに、ユニークな名前を持つ子供は、世間一般とは異なった文化的背景や哲学を持つ親の下で育つことが多い。そのような家庭環境で育つことにより、他者と比較して自分がユニークな存在であるという認識がより一層強まっていくのである。加えて、CEOは自信に満ち溢れている人が多く、他者と異なる独自性を打ち出していくことに躊躇がない。つまり、名前のユニークさが、幼少期から各人のアイデンティティーやリーダーシップの違いを生み出し、さらにCEOになることで独自性の表出にためらいがなくなることで、結果として戦略の違いを生み出すようになるのである。

 

どのように測定したのか?

本論文が用いた名前の珍しさや企業戦略の独自性は、いったいどのように測定されたのだろうか?次にその点を具体的に見てみよう。

 

まず、名前の珍しさの判定には、米国のSSAというデータベースを活用している。米国では、社会保障番号の申請のために新生児の氏名を政府に届け出る必要がある。その申請名の情報を使い、どのくらいの頻度で同じファーストネームが使用されているのかをもとに、名前のユニークさを判断しているのだ ²。 政府によって網羅的に管理されたデータを用いている点で、ユニークさの尺度として信頼できるだろう。ちなみに本論文では、Phaneesh, Frits, Jureが珍しい名前の例としてあげられている。

 

次に、企業戦略の独自性であるが、これはCEOの裁量で影響を及ぼすことが可能であると考えられている次の6つの指標を基に測定している ³:1)売上高広告費比率、2)売上高在庫比率、3)新規設備導入比率、4)売上高研究開発費率、5)売上高販管費率、6)レバレッジ比率。馴染みがない読者もいるかもしれないが、これらは経営戦略論で確立されている尺度であり⁴ 、企業戦略の独自性の指標として信頼できるものである。最終的に、本論文では「名前の珍しさ」が「戦略の独自性」に与える影響が統計的に有意であることが示されている⁵ 。

 

本論文を読み解く際の、2つの注意点

ここまで読まれて、皆さんはどのように思われただろうか。2点補足をしておきたい。

 

1つ目は、日本ではどうなのか?という点である。今回の調査結果はアメリカ人のファーストネームを用いた研究から示されたものであり、日本では当てはまらないのではないか?そうした疑問も当然発生するだろう。実際、日本の有名な経営者を思い浮かべてみると「ユニークな名前」の人は思い付きにくいのではないだろうか。また日本では名前より名字を先に置くことが慣例であるので、その点は割り引いて考える必要があるだろう。

 

2つ目は、本論文は名前のユニークさと経営戦略の独自性の関係性を示しただけであり、必ずしも高業績に繋がることを示しているわけではないことにご留意いただきたい。経営戦略の独自性は、業績の変動をもたらすが、その変動リスクゆえに、大きく経営業績を損ねる可能性もある。

 

実務における示唆

どのような示唆を得ることができるかについて最後に2点を指摘する。

 

1点目は、CEOなどの経営幹部職の採用・任命において「名前」(日本であれば名字になるかもしれないが)が、一つの検討要素として近い将来に取り上げられる可能性があるということである。特に、経歴が同じ候補者を複数検討する時、経営戦略に違いをもたらしたいのであれば、候補者の名前を糸口に本人がもたらすであろう独自性を評価するという未来もあり得るかもしれない。人材登用の最後の一手が「名前」になるかもしれないのである。

 

2点目は、今回の研究で示されたように、いままで大きく着目されてこなかった要素が、新たなアセスメントの領域として今後着目されるかもしれないということである。極端かもしれないが、趣味、食習慣、交友関係など、経営者の適性を早期に見出す上でユニークな指標が生まれてくるかもしれない。

 

実務家として、Strategic Management Journalのようなアカデミックな雑誌に目を通すことは少ないかもしれないが、折に触れて手に取ってみることで、実務上での示唆を得られることもあるだろう。本コラムをきっかけに、アカデミックな知見にも興味を持っていただければ幸いである。

 

※ 欄外に本論文のリンクを貼っておくので、ぜひ参考にしていただきたい。

***

 

¹Kang, Y., Zhu, D. H., & Zhang, Y. A. (2021). Being extraordinary: How CEOS' uncommon names explain strategic distinctiveness. Strategic Management Journal, 42(2), 462-488. https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/smj.3231

本文の取得には、個人での購入、もしくは大学等の研究機関から発行されたアカウントが必要となるが、要約や各巻の目次などは公開されている。

²同時代に生きている者同士は名前のユニークさに関して似通った認識を持つという前提の下、サンプル中で最高年齢のCEOが生まれた年以降の名前をユニークさの判定に用いている。SSAデータには最低でもその該当年で5回使用された名前が登録されており、登録されていない名前には十分にユニークであることを示す定数を付与している。一般的な名前については、SSAデータ上で使用されている回数を性別で分けてカウントして尺度化している。 

³各項目ごとに、該当年における産業平均と該当企業の差を求め、その値を標準化しZスコアを算出している。最終的に6つの指標のZスコアを足し合わせ、Strategic distinctivenessの指標として尺度化している。

⁴Finkelstein & Hambrick (1990)が提唱した企業戦略の独自性を測定する尺度であり、以降の主要な論文で当該尺度が繰り返し使用されている(例:Crossland, Zyung, Hiller, & Hambrick (2014); Wowak, Manno, Arrfelt, & McNamara (2016))

⁵名前の珍しさ以外の要因が戦略の独自性に影響を与えている可能性を排除するため、企業戦略の独自性に影響を及ぼすと考えられる複数の変数(CEOのその他の要因、取締役の要因、企業・産業レベルの要因)も分析に組み込み、検証の精度を高めている。分析に関するその他の詳細は、本論文のp 471 – 473で確認いただきたい。


執筆者

盛田智也

盛田智也

盛田 智也

組織・人事変革コンサルティング部門シニアマネージャー

監修

土井口司

土井口司

土井口 司(Tsutomu Doiguchi )

Senior Graduate Assistant at Walton School of Business, University of Arkansas

戦略人事/人的資源を専攻し、主に人事制度と人材の差異が企業業績へ与える影響、およびそのメカニズムを研究している。住友電気工業、マーサージャパンで人事実務・コンサルティング業務を経験し現在に至る。マーサージャパン在籍時は人事戦略策定、人事制度設計、M&Aに伴う人事DD・組織統合(PMI)、役員報酬制度改定等のプロジェクトを中心に国内外企業を支援。京都大学法学部卒業、コーネル大学MILR(HR & Organizations Concentration)修了。

大矢隆紀

大矢隆紀

大矢 隆紀(Takaki Ohya )

神戸大学大学院経営学研究科 博士課程後期課程

京都大学経済学部卒業、神戸大学大学院経営学研究科博士課程前期課程修了後、マーサージャパンを経て現在に至る。マーサージャパン在籍時は主に国内外のグローバル企業を対象に、人事制度設計、グローバルグレード導入、M&Aに伴う組織統合(PMI)、役員報酬制度改定、ジョブ型人事制度導入等のプロジェクトに従事。現在は大学院の博士課程にて組織行動論を専攻し、リーダーシップ、ウェルビーイング、ワーク・ライフ・バランス等のトピックに関する研究を行っている。