日本CHRO協会発行CHROFORUM第23号(2021年4月号)

※本記事は、日本CHRO協会発行CHRO FORUMのために書き下ろされた記事の再掲載です

 

 

 

本格的な「ウォーフォータレント」時代の到来

2020年は新型コロナウイルスのパンデミックの年であった。パンデミックは甚大な健康被害に加えて、政治・経済・ビジネス・社会・文化のあらゆる領域に大きな影響を与えており、英エコノミスト誌は2020年が「『全てが変化した年』として記憶されるであろう」と述べている。全てとまで言わずとも、様々な領域において未来に向けた大きな変化の起点となり得ることは間違いない。

もちろん人材マネジメントも例外ではない。グローバル化やデジタル化、少子高齢化、そして就業意識の変容といったマクロ環境の変化は加速しており、優秀人材の確保・育成・活用がこれまで以上に経営の帰趨を決する要素となりつつある。昨年来ジョブ型雇用への関心が高まっているが、底辺にあるのは日本企業における人材マネジメントの重要命題の変化である。従来の主眼であった社内の閉じたコミュニティにおける「管理」から、社外も含めた開かれたコミュニティにおける「競争」へと移行しつつあると捉えて良いであろう。換言すれば、日本にようやく本格的な「ウォーフォータレント」の時代が到来したことを示唆している。

 

重要性増す5つのテーマ

そもそもタレントマネジメントとは何か。研究者や実務家による様々な定義が存在するが、国際的な人材開発団体であるATD(Association for Talent Development)では、「事業目標と整合した統合的な採用・育成・配置のプロセスを通じて、企業文化・エンゲージメント・人材の量質を構築することで短期及び長期の成果実現を目指す、人的資本の最適化のための包括的なアプローチ」と定めている。より簡潔に捉えると、組織目標の実現を目的として、事業上必要な人材を採用し育て、活用する一連の活動と整理することができよう。前述した優秀人材の確保・育成・活用への注目は、タレントマネジメントの重要性の高まりに直結する。

それでは、パンデミック後のネクストノーマルにおけるタレントマネジメントはどのように変化していくのであろうか。本稿では、日本企業に大きな影響をもたらし得る5つのテーマを概観していく。

 

1.企業と個人の関係が変化し、EVP(従業員価値提案)の確立が急務となる

 

人材獲得の競争が激しくなり、企業と個人の関係がより対等に近づく中で、各企業は必要な人材を引きつけ、定着させるためにさらなる努力が求められるようになるであろう。その中で、従業員に対する価値提供、すなわちEVP(Employee Value Proposition)への注目が高まっている。EVPは時として採用ブランドと同義に解釈される場合があるが、本来は採用のみならず、定着、さらにはパフォーマンスの発揮までを視野に入れた包括的な概念である。また、含まれる要素としても、企業の目的(パーパス)、キャリア、ウェルビーイング、報酬、福利厚生、さらには企業文化まであり、非常に幅広い。

日本企業、中でも大手企業においては、新卒一括採用し終身雇用することが、依然として要員計画における前提となっていることが一般的だ。ただし、環境変化が激しくなり、それに伴って事業上必要な組織能力も不断に変わる時代においては、この前提は崩れてしまう。また、若年層を中心に就業意識の変化は顕著であり、会社と個人は選び選ばれる関係となっていく。これは従来の雇用慣行と異なり、日本企業の苦手分野ともなり得るが、タレントマネジメントの入り口とも言え重要性に疑いの余地はない。

 

2. パフォーマンスマネジメントが本来の姿に回帰し、事業戦略遂行と能力開発が主眼となる

 

パフォーマンスマネジメントについては2010年代前半から世界的に様々な議論が行われ、テクノロジー企業が先頭に立って改革を進めてきた。具体的な改革の内容としては、戦略的な目標カスケードの強化、運用プロセスにおけるフレキシビリティの向上、フィードバックの強化、そして評価結果の処遇決定からの分離に集約される。実績評価・処遇決定を主眼とし、ややもすると形骸化していたこれまでの実態から、戦略遂行・能力開発といった本来の姿を取り戻そうとする動きとも言える。

日本企業においては、従来こうした潮流からやや距離を置く状態が続いていた。ただし、ネクストノーマルの世界においては、加速する環境変化の中で海外諸国と同様の改革が求められていくであろう。従来の制度・運用に起因する評価決定プロセスの透明性の低さやピープルマネジメント・スキルの弱さ、さらにはHRIS(Human Resources Information System)整備の立ちおくれといった、日本企業固有のハードルが想定され、一つひとつ乗り越えていく必要がある。

3. 求められるスキルの明確化と習得に向けた環境整備が人材育成の要となる

 

読者の中には意外に感じられる方も多いかもしれないが、ネクストノーマルのタレントマネジメントにおいて世界的に最も注目が集まっているのがスキルである。これは環境変化によって従来のスキルが陳腐化し、一方で新たに必要なスキルが顕在化する中で、事業上求められるスキルを明確化した上で、従業員のスキルを評価し、そのギャップを埋める重要性が高まっていることを示唆している。これまでも「アップスキリング」や「リスキリング」といった概念や取り組みはあったものの、その範囲を拡大し、人材育成全般へ統合することが模索されている。

日本企業の多くはこれまでもスキルの重要性を認識しており、その習得に力を注いできた。ネクストノーマルにおいて求められるのは、事業戦略との整合性、各従業員に向けた個別化といった進化である。それらの実現のためには、人事機能は事業環境・戦略を俊敏に読み解くとともに、直接あるいは間接に各従業員と対話する能力を高めることが求められていくであろう。

 

4. 不確実・不安定な事業環境の中で、「エンパシー」を備えたリーダーが求められる

 

パンデミックがもたらした災禍はリーダーシップの重要性を改めて際立たせた。混沌とし、不確実・不安定な経営環境の中、方向性を指し示した上で粘り強く実行し、また同時に従業員の心情に寄り添うことのできる、「エンパシー(共感)」を備えたリーダーの必要性を感じた読者も多いであろう。パンデミック後においても、こうした新たなリーダーの資質は変わらず求められると想定される。加えて、ESGやSDGsといった社会的な要請も存在する。

2015年のコーポレートガバナンス・コード適用開始以来、日本企業の多くがCEOのサクセッションプラン策定を進めてきた。また、より幅広い役員・経営幹部ポジションに向けた取り組みにも、候補人材の育成も含めて注力している企業は少なくない。ネクストノーマルにおいては、上述のようなリーダーシップ要件の見直し、加えて社外を含めた多様な人材への対象拡大が想定される。

 

5. 法治によるグローバル経営への移行が進み、国内・海外のタレントマネジメントが一体化する

 

パンデミックのもたらした大きな影響の一つに移動の制約があり、特に国を跨いでのそれは著しく困難になった。今後ワクチン接種を中心とする医療体制の整備とともに、移動そのものは段階的に可能となってくると思われるが、今回の経験はどのような影響を及ぼすであろうか。

日本企業のグローバル経営の特徴の一つに、駐在員による海外拠点の運営があるが、ネクストノーマルにおいては変容する可能性が高い。パンデミックを経て、多くの企業は従来の人治主義が抱えるリスクを感じるようになっており、方針・基準・プロセスといった仕組みを重視した法治主義に転換を進めることが予想される。また、駐在員派遣のコストにも一層の抑制圧力がかかるであろう。そうなると、海外拠点のリーダーを現地市場から登用することがごく自然になり、これまで国内・海外で分けて行うことが多かった日本企業のタレントマネジメントも一体化が進むと想定される。そうした動きの中で、中長期的にはそうした海外拠点のリーダーが本社の舵取りを担うケースも増えてくるはずだ。

まとめ

これまで見てきたとおり、パンデミックがもたらしたマクロ環境の変化の加速により、組織・人事変革の必要性は大いに高まっている。その中心的な命題は優秀人材の確保・育成・活用であり、タレントマネジメントそのものである。マーサージャパンのコンサルタントによる今後5回の連載を通じて、ネクストノーマルにおけるその姿をより具体的に示していく。

 

参考文献

 

Association for Talent Development. “How Do You Define Talent Management?” Last Modified May 8, 2009. 

Mercer. “Gaining a Skill Edge through Agile Talent Practices: From Pandemic to Performance.”2021.

Michael, E., Helen Handfield-Jones, and Beth Axelrod. The War for Talent. Boston: Harvard Business School Press, 2001.

“The Year When Everything Changed: Why the Pandemic Will Be Remembered as a Turning Point.” The Economist, December 19, 2020. 

 

執筆者: 藤野 淳史 (ふじの あつし)

プリンシパル 組織・人事変革コンサルティング部門