ポテンシャルの正体とは? 一流であり続けるために不可欠な進化力-Learning Agility - コンサルタントコラム 647

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コンサルタントコラム 647

ポテンシャルの正体とは? 一流であり続けるために不可欠な進化力-Learning Agility

執筆者: 執筆者: 胡 誠麟

組織・人事変革コンサルティング コンサルタント

二人のエースが辿り着いた

1983年、夏の甲子園の決勝戦。PL学園の先発を任されたマウンド上にいる男は、背番号11番の1年生。身長172センチ。ピッチャーとしては小柄のほうで、華奢と言えるほど、線が細い。140キロ前半のストレートと大きくゆるく曲がるカーブを武器に、強豪校を次々と破って決勝まで進出し、決勝でも前評判を覆して横浜商業を下し、甲子園を制覇した。この男の名は桑田真澄。甲子園で計20勝をマークし、清原とのKKコンビで甲子園での一時代を築き、1985年のドラフト会議で物議を醸しつつも、ドラフト1位で巨人に入団した。コントロールと球のキレ、そして気概で勝負するタイプのエースピッチャーと評される。

時は1990年、同じく夏の甲子園。マウンド上にいるもうひとり一人の男は、身長190センチ。甲子園の盛り上がったマウンドからバッターを見下ろすその姿は威圧的とも言える。その大きなフォームから投げられる落差が大きいフォークボールと、150キロをマークするストレートが武器だ。同年代の対戦校のバッターたちは、観衆が同情したくなるぐらい、手も足も出なかった。この、もう一人の男の名は、谷口公一。1990年に甲子園を制覇した名門天理高校のエース。1年後のドラフト会議で、当時の長嶋監督から、将来のエースと嘱望されてドラフト1位で巨人に入団。新聞の見出しには、10年にひとりの逸材、大型ルーキー、プロ即戦力といった文字が躍った。

両者の共通点は多い。ともに夏の甲子園を制覇しているだけでなく、同時代のエースピッチャーとしてその素質は高く評価され、そして二人ともドラフト1位で巨人入りしている。だが、両者のプロ選手として辿り着いた先は、余りにも違い過ぎる。桑田は巨人を代表するピッチャーとして輝かしい実績を残し、殿堂入りとまで行かないにしても、確実に日本野球界に足跡を残した一人である。対する谷口のほうは、登板機会を得ているが、我々の記憶に残るほどの活躍はしていない。怪我に見舞われたことも相まって、戦績を残せないまま、97年プレイオフには巨人を去っている。幾つかの球団を渡り歩いた後、独立リーグで野球を続ける道を模索しつつも、再びスポットライトを浴びることなく、選手生命を終えている。

素人目には、肉体的な優位性は、恐らく谷口は桑田の何倍も持っていたはずだ。なのに、だ。

ポテンシャルの正体=Learning Agility

肉体的優位性はともかく、真紅の優勝旗、ドラフト1位、高額な契約金。それまでの実績は後の活躍を決して約束するものではなかったのも興味深い。二人の運命を決定付けたのは何か。選手を長く経験した人間であれば、必ず経験する瞬間がある。挫折だ。例えて言うなら、中学から高校に上がったときに文字通り体感する少年と青年の定義の違い。アマチュアからプロの世界に足を踏み入れた時に浴びる洗礼や無慈悲さ。国内リーグから世界へ飛び立ったときに、あらゆる意味で次元が違うことから感じる壁。それまでに経験したことのないレベルの闘いを強いられたとき、伸び続ける選手と、淘汰される選手の間を分かつものは何か。それを考えたとき、Learning Agilityという単語を思い出した。

Learning Agilityと言う言葉に出逢ったのは大分時間を遡らなければならない。以前に米国の西海岸で実施された社内のカンファレンスに参加した際に、タレントマネジメントの大家と立ち話をする機会があった。ふとした会話の中で、兼ねてからの疑問のひとつを彼にぶつけてみた。

「有能な人材が将来も活躍するかどうかのポテンシャルを、どうやって見極めるか」

質問の意図を理解した彼は、少し考えてから“Learning Agility"と答えた。
「リーダーとして成功するには色んな素質が必要とされる。我々はそれまでの実績にばかり眼が行きがちだが、次のステージでは当然違う役割や成果を求められるので、それまでの実績はあまり意味を成さない。次、その次、更なる次のステージでも成果を出し続けられるかどうかは、学習し続ける力、つまりLearning Agilityが必要だ」と、彼は説明を付け加えた。

このときの彼が口にしたLearning Agilityとは、一言で言うと、変化する環境に適応し、異なる役割を果す上で必要な新しいスキルを継続的に身につける思考パターンや能力である。一言で集約すればそうだが、その含意は広い。より具体的に説明するために、コロンビア大学のCenter for Creative Leadership (CCL)は、Learning Agilityを4つの具体的な行動パターンとして挙げている1

革新(Innovating)
常識に捉われず、常に新しい方法を模索する
沈着(Performing)
困難な状況時でも冷静さを保つ
自省(Reflecting)
定期的に培った経験や学びを見返す
リスクテイク(Risking)
成長するためのリスクを厭わない

1) Adam Mitchinson and Robert Morris, Ph.D. Learning About Learning Agility, Columbia University Center for Creative Leadership, 2012

なるほど。確かに桑田に関する記事や著述を読んでいると、それまでタブー視されていたピッチャーのウェイトトレーニングを始めたパイオニアであったし、体の動かし方を古武術の体の動かし方からヒントを得るなど2、常識外れのタイプのピッチャーだった。また、今でこそ若い選手がやっていることも多く見かけるが、マウンド上でブツブツ何かを唱える彼独自の自己暗示が当時マスコミに揶揄されていたのを思い出した。あれは彼独自の冷静さを保つ儀式であったことは想像に難くない。

2) 石田雄太、桑田真澄 ピッチャーズバイブル、2007、P.161

数々のエピソードの中で、何よりも印象に残ったのは、プロデビュー間もない桑田に対して、ホームランを良く打たれる点を記者に指摘された桑田の答えだ。 「打たれてみないと、なぜ打たれたかがよくわからないんですよ・・・(中略)。だから、打たれたのと同じコースに、もう一度、同じような球を投げる時もあるんです。そうして本当に、なぜ打たれるのか、解るんです」3 これが本当なら、恐るべきリスクテイカーだ。

3) スポーツグラフィックナンバー編、完本 桑田真澄、2010、P.92

伸びしろは自分次第

Learning Agilityはビジネスの世界におけるポテンシャルの解釈だが、プロスポーツはもとより、成果が求められる全ての世界に当てはまると言えよう。求められる成果が変わると、成果の出し方に工夫が求められる。成長するには、挫折から何かを学ぶことが不可欠だが、そのためにも挫折を正面から見据えて、乗り越えたときに自身の血となり肉となるように振り返るのが大事なのである。また、伸びしろを出し続けるためには、意図的に自身をチャレンジングな状況や、リスクテイクをしなければならない環境に置くことも肝要だ。ただ、プロスポーツの世界では、恐らくメンタル面もさることながら、フィジカル面でもこれらの要素が同時に求められるであろう。

余談だが、そう言えば、最近の彼はどうしているのか気になったので調べてみた。早稲田大学の大学院の修士課程を首席で卒業しただけでなく、2014年4月からは野球部の特別コーチを務める東京大学大学院総合文化研究科に入学したという4
彼の場合は、Learning Agilityが優れているのは何も野球に限ったことではない様だ。

9) Wikipedia より