CSVの潮流から読み解くM&Aの今後 - コンサルタントコラム 664 | マーサージャパン

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コンサルタントコラム 664

CSVの潮流から読み解くM&Aの今後

現在、組織・人事領域におけるクロスボーダーM&Aの支援に携わっている筆者が醍醐味であると感じていることの一つに、国境を越えて社内外の様々な関係者と協働することができるということがある。筆者は元々グローバル化が進む社会のダイナミズムや社会課題に興味を持っていたことから、大学時代は国際政治経済を専攻し、フランスに留学、西アフリカ地域で活動する食糧支援NGOでのインターンを経験した。発展途上国の社会課題の解決に取り組んでいるNGO活動に興味があったため、バングラデシュでグラミン銀行がマイクロクレジット(貧困者を対象とした小口融資)を行っている農村でインタビューを行ったり、スラム街で教育に携わるNGOが運営する学校を訪問したりしたこともある。このようなバックグラウンドを踏まえ、本コラムでは社会課題と企業の関係についてM&Aの観点に基づき述べたい。

一昔前までは、社会課題解決の主体と言えば、一般的に企業よりもNGOや政府を想起される方が多かったのではないだろうか。これまでは利益を追求する企業が社会課題解決の主体として扱われることはなく、むしろ一部では環境汚染を引き起こしたり、労働者を劣悪な労働条件で働かせたりすることにより社会課題を生み出す企業の存在が指摘されることもあった。利益追求を目指す企業と社会課題解決は相容れないものであり、社会課題解決の役割を担うのは企業ではなくNGOや政府であるという見方が一般的であった。

しかし現在では、グローバルビジネスの潮流として、社会課題解決が企業成長の成功の鍵となりつつある。経営戦略の分野で著名なマイケル・ポーターはCSV(Creating Shared Valueの略:ビジネスモデルを使い社会問題に取り組むことで社会的価値と経済的価値を同時に創造すること。共通価値の創造と訳される)を提唱しており、このCSVの考えに基づいた経営で成功した企業の事例が数多く知られている。マイケル・ポーターとマーク・クラマーが創設したFSGというNGOがCSVを実現している企業の事例を公表しているので、その中から二つ事例をご紹介する*

事例1 ネスレのケース:
安価な微量栄養素強化香辛料を提供することで、インドなどの数百万に及ぶ栄養不良世帯を援助した。この香辛料は利益の出る急成長事業となった*

同社はインドで微量栄養素の不足で困っている人のニーズを明確に定義することで、規模を見越したビジネスモデルを設計し、微量栄養素強化香辛料を同国の低所得層を対象に三ルピーで販売し、わずか三年で一億三八百万食分を売ることに成功した。

事例2 ダノンのケース:
共通価値を創出するには社会的使命を企業文化に取り込み、社会問題の解決に資するイノベーションの開発に資源を振り向ける必要がある。たとえば、創業時の社会的使命を思い出し、そこに再び焦点を当てるというケースが考えられる。ダノンのCEO、フランク・リブー(ダノンの前CEO)がまさにそうだった。(中略)ステークホルダーが栄養学への関心を高めていることを察知したリブーは(中略)ビール、肉類、およびチーズ関連の事業を売却。他の乳製品と水事業に再び特化するとともに、乳幼児向け食品や医療用栄養食の会社を買収した*

日々クロスボーダーM&Aの支援に携わっている筆者にとって、CSVの考えを起点とした事業再編を目的としたM&Aが行われているこの事例は非常に興味深い。なぜM&Aを行うのかという目的を明確にすることがM&A成功の要諦であることが知られているが、この事例はCSVの考えに基づき事業再編の目的を明確にして、事業売却および買収を行っている点が高く評価されるべきではないかと考えている(もちろんM&Aの成否を判断するにあたっては適切な買収価格であるか等その他の観点も必要である点は補足させていただく)。

このようにグローバルに事業展開する多国籍企業がCSVの考えに基づいた経営を行うケースが増えてきており、ダノンの事例のように、CSVの考え方を起点にしたM&Aも起こっている現状がある。

ここで日本国内のM&Aの動向についても簡単に触れておきたい。近年、日本企業によるクロスボーダーM&Aは増加傾向にある。ご承知の通り、日本の国内市場が縮小する中でグローバル市場に打って出ることが求められる市場環境を背景として、グローバル市場の競争を勝ち抜くためにクロスボーダーM&Aを行う日本企業が増えているのが要因である。

またクロスボーダーM&A案件のスキームという観点では、複数国に展開する欧米企業がグループ再編に伴ってノンコア事業の売却を検討し、日本企業が当該対象事業をコア事業の位置づけで買収する案件が顕著になっている。このような事業譲渡(アセットディール)案件は、独立した会社そのものを買収する株式譲渡(シェアディール)案件に比べて難易度が高い。その理由は、特に弊社が支援に携わっている組織・人事分野で見ると、アセットディールは事業の一部を切り出すことになるため、今まで親会社に依存していた健康保険や年金、人事機能(ペイロール等)、人事制度(人事評価制度や報酬制度等)、あるいは雇用契約等そのまま引き継げないものについてクロージングまでに手当てを行う必要があるためである。さらに買収対象企業が複数国に展開している場合には、案件の難易度がより高まることは容易に想像いただけると思う。

CSVに取り組む多国籍企業が着実に成果をあげている潮流を鑑みると、グローバル市場でそのような多国籍企業との競争にさらされている日本企業も、CSVの考えに基づき自社の事業領域を社会課題との関係から再考するようになるのではないだろうか。

M&Aを行う目的が、従来見られたようなマーケットシェアの拡大やスケールメリットを目指すといったことにとどまらず、前述のダノンの事例のように、自社の既存事業を社会課題との関係から見直しCSVを実現するために、事業ポートフォリオをどのように再構築するのが望ましいかというような視点から、M&Aが検討されるケースも今後増えてくるかもしれない。これに伴い、CSVを起点としたM&A案件の中では、難易度の高いことで知られるアセットディール案件が増えるのではないかと推察する。

なおCSVを起点にして事業の選択と集中を考える際には、自社が創業時に掲げた社会的使命の根幹に立ち返って、どのような会社を目指し、どのような社会を創りたいのかを明確にし、その上でどのような社会課題を解決したいのかということを考えることが前提条件となる。この前提条件をしっかりと考えることが経営者には問われており、このことが新たな価値の創出につながるのでないかと考えている。

* 参考文献:
マイケル・ポーター、マーク・クラマー(編集部訳)
『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー2014 年1月号「Innovating for Shared Value」』 (Amazon)
ダイヤモンド社