父の背中 - コンサルタントコラム 670 | マーサージャパン

父の背中 - コンサルタントコラム 670 | マーサージャパン

コンサルタントコラム 670

父の背中

執筆者: 寺田 弘志 (てらだ ひろし)

組織・人事変革コンサルティング プリンシパル

先月、父が喜寿を迎えた。そのことでお祝いの電話をしたところ、「今年で社長業を引退する」と告げられた。その言葉を聞いて、ふと、こんなことを思い出した。

筆者が仕事の関係でよく海外に出ていたころのことである。クアラルンプールにあるクライアントとの会食で日本食レストランに招いていただいたが、そこでメニューを見ていると、実家で作っている焼酎が載っているではないか。日本から何千キロも離れたイスラム教の国で、筆者の実家である宮崎の片田舎で作っている焼酎に出くわすなどとは夢にも思っていなかったので、正直たまげてしまった。そのことを伝えると「それじゃあ、その焼酎にしましょう」と言っていただいた。

帰国し、父に電話をして事の顛末を告げると「そうね、そうね」と、父は現地の卸売業者との間での苦労談など嬉しそうに宮崎弁で話してくれた。これまで行ったことの無い国に出張に行くとそのことを父に報告するのだが、そのたびに、「その国にはもう行ったことがある」、「うちの焼酎を卸しているので、次回は飲んで来なさい」と切り返された。まるで、お釈迦様の掌の上を飛び回る孫悟空のごとくである。知らず知らずのうちに父の背中を追っているのだろうか、そんなことを何度となく繰り返しながら海外経験を積み重ねていくと、やがて海外を特別なものと思わずに自然体で仕事に取り組める習慣がついてきたではないか。今ではそのことが自分の強みだと思っている。父は、世の中で定年とされていた歳を過ぎてもなお見知らぬ国に出向き、事業拡大に取り組みながら自分自身にチャレンジしてきたのだが、自分もその姿を見ながら、成長してきたのかもしれない。

人材育成の重要性を説く会社は多いが、そのためには人材を鍛える場である事業が成長すること、その事業を支える人材が成長することにまで視野を広げて取り組んでいる会社は果たしてどれだけあるだろうか。社員の成長を願うならば、まず事業を成長させ、そのために経営層や現場のリーダー自身が成長していかねばならない、でなければ、社員の成長を願う会社そのものが実はその足枷になってしまうのでは、と思ってしまう。人の成長を事業の成長に結びつけ、それを更に人材の成長の糧にしていくことで人と事業の成長を同期化する、という好循環を如何に生み出すか、そのことが人材マネジメントの要諦であり、醍醐味なのである。父を通じてそのことに気付くことが出来た筆者は、仕事人としてのロールモデルを身近に得ることが出来、感謝すべきなのだろう。また、非力ではあるがその醍醐味をできるだけ多くの人に知ってもらいたい、その手助けをしたい、とも思っている。振り返ってみると、クアラルンプールで飲んだ焼酎のオンザロックが一つのきっかけだったのかもしれない。

こんなことを考えながら、社会人になり、ろくに帰省もせず、話をする機会も持てていない自分に反省し、今度帰ったらちゃんとそのことにお礼を言わないといけないな、と思ってしまった。
お父さん、長い間、お疲れ様でした。