将棋の「大局観」に思ふ - コンサルタントコラム 677 | マーサージャパン

将棋の「大局観」に思ふ - コンサルタントコラム 677

コンサルタントコラム 677

将棋の「大局観」に思ふ

『考え抜いても結論がでなければ「好き嫌い」で決めていい。年齢を重ねるごとに強くなる「大局観」の極意を公開。60歳、70歳でも進化する勝負の法則、直感力・決断力・集中力を極める。』

将棋棋士、羽生善治名人の近著「大局観 自分と闘って負けない心(角川oneテーマ21)新書」の紹介文だ。私自身、将棋を趣味としており、負けず嫌いが災いして若干のめり込んでいるので、当然ながら手にしていた。

表題を見ると、「好き嫌い」で決めることが強調されているが、将棋を知らない人のために、この「大局観」とは何なのかを少々解説しよう。将棋では、大きく序盤、中盤、終盤の3つの局面がある。お互いの陣形を整える序盤、小競り合いを繰り返しながら相手からリードを奪う中盤、そして相手の王を詰ますべく勝負を決めに行く手を重ねる終盤である。終盤では、勝負を決めてしまえば良いので、きちんと手を読めることが大切になるが、序盤、中盤では、選択肢が本当に正しいのかどうかを見定めることが大切になる。ここで発揮されるのが「大局観」だ。

序盤、中盤では、3手先、9手先を読んでも、まだある一つの局面でしかないため、それがどちらにとって優勢な状況なのかを判断することは容易ではない。「大局観」とは、そうした不確実性の高い状況において「対局全体の流れの中で”この手が正しい”と判断する感覚」と定義できるであろう。

私のようなアマチュア2-3段クラスでは、プロの書いた定跡書を基礎におきつつ、それを応用して判断する。要するに、私よりも遥かに強いプロが良いと言っているんだからそれを信じようというスタイルである。一方、プロ棋士の場合は、既に形勢判断済みの局面であっても、先手もしくは後手優勢と断じている“仮説”に挑戦を突きつけることが求められてくる。ある対局を境に形勢判断が逆転することはよくある。序盤、中盤での形勢判断は、私などが思いつかない深いレベルで求められてくるのである。そこで見出された新たな手は「新手」と呼ばれ、発見者の名を冠して残るものもある。

これは、経営における「大局観」を想起させる。経営においては、過去のビジネスケースや、過去の実績を基に整理されたフレームワークから導かれる仮説に挑戦し、新たな境地を切り開くことが求められる。私の将棋のように、上記の枠組みを活用した意思決定は所詮「アマチュア2-3段クラス」の意思決定でしかないのだ。

また、現場においても、この「大局観」というものは、常に活用されている。現場の管理職の方が、部下が提示してきた報告書や企画書の良し悪しを、直感的に「良い」「悪い」と感じる瞬間などは典型例である。その瞬間では、まさに管理職の「大局観」が発揮されているのだ。

組織は「意思決定する機構」であり、マネジメントの決断が早く正確であればあるほど、組織全体の生産性が高まるということを考えると、組織の中の「大局観」というものは非常に大切なものとなる。

さて、この「大局観」について、羽生名人は、以前に出演した番組の中で、記憶力、思考力の低下を感じる中で、自身が新たに拠り所としているものとして紹介していた。そして、その大局観というものを、羽生名人は「長年の蓄積の中から沸きあがってくるもの」とコメントしていた。(別著では、直観力でも同じものを当てはめている)経営における判断と同様、“経験”がその土台となる。正に、企業における模倣が難しい経営資産、競争優位の源泉であると位置付けられる。

一方で、この経営やマネジメントにおける「大局観」は、組織の生産性を阻害するものになることにも気付く。将棋は常に同じルールで闘うので、まさに「長年の蓄積」が役に立つ。しかし、ビジネスという現場では、ビジネス環境の変化と共に、ゲームのルールが変わることがある。ビジネスにおけるゲームのルールが変わるとき、それまで企業にとっては高い生産性を支える資産であったマネジメントチームの「大局観」が、今度は生産性を下げる最大の要因ともなるのである。

この課題に直面した企業には、大きな変革が求められるであろう。経営陣に新たな「大局観」を持った人材を招き入れ、その意思決定を高度化すると共に、中間管理職層における組織の役割分担を変え、スタイルの変革を促し、時には人を刷新することで、その生産性を高めることが必要となる。

自身の持つ「大局観」が通用しなくなったとき、プロ棋士はその地位を喪っていく。そして、そうした淘汰は常に起こっている。皆様の組織においても、変革が必要だと感じられたときに、自社の持つ「大局観の精度」にも考えをめぐらせてみることが必要ではないだろうか。

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