コーポレートガバナンスの「実質性」 - コンサルタントコラム691 | マーサージャパン

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コンサルタントコラム 691

コーポレートガバナンスの「実質性」

ここ数年で、コーポレートガバナンス・コードの施行を主な契機として、役員報酬関連の相談が急増している。私がこの組織人事コンサルティングの業界に入り、役員報酬絡みのコンサルティングに関わり始めた2009年当初、「欧米のコーポレートガバナンス強化の潮流が日本のプラクティスにも大きく影響を与える」とクライアントに話して、どれだけ相手に響いたであろうか。確かな実感を持って頷かれていた方は少数派であったように思う。その後2010年の内閣府令の改正で、取締役全体の報酬ポリシー・報酬決定方法や1億円以上支給者の個人別報酬額の開示が始まり、徐々に注目が高まってはいたが、今般の流れはいよいよ"本物"である、という感覚が日本企業に広がり始めているのではないか。コーポレートガバナンス・コードの施行という外的要請が主因であるとはいえ、この課題に対するクライアントの真剣度が明確に変わって来ており、私より以前からこの課題に関わっている方々からすると隔世の感があるだろう。

今般のコーポレートガバナンス・コードの基本原則は、"株主の権利・平等性の確保"や"適切な情報開示と透明性の担保"等、各企業担当者も既に聞き馴染みのある内容が中心ではあるが、コードを補足原則まで読み解いていくと、「主旨は分かるけど、具体的にどんなアクションが求められるようになるの?」と対策を講じかねる項目もあるかもしれない。原則4-11で謳われている「取締役会の実効性評価」等はその典型ではないか。

欧米のコーポレートガバナンスではBoard Effectivenessという概念が既に広く浸透しつつある。企業の経営ステージを十分に反映した、取締役会が果たすべき役割(経営の果断・迅速な意思決定やケイパビリティ強化を支える "攻め" のガバナンスから、リスクマネジメントに重心を置いた"守り"のガバナンスまで)に照らし、ポートフォリオを組んで、ボードメンバーの持つ知見・経験・ケイパビリティのバランスを担保すべき、という思想である。

欧米でのこの思想を理解する上では、リーマンブラザーズの事例が大変分かりやすい。ショックの震源となったリーマンブラザーズと、投資銀行業界でも比較的ショックによる影響が軽微であったゴールドマンサックス。両社の当時の取締役会の構成を比較すると、取締役会の人数、NY証券取引所による独立性基準を満たす取締役の人数、CEO経験者の人数等、外形的に読み取れる情報に大きな差異はなかったものの、リーマン側には、フィナンシャルサービスに対する専門性を有する取締役が不在であった、大企業の現職CEOが不在であった、俳優や劇場プロデューサーを取締役として登用していた(NPO経営経験を有しているものの、リーマンブラザーズを監督する役員として登用する合理性を認めづらい)ことが分かっている。そのような取締役構成が当時のリーマンブラザーズの財務・オペレーションのリスクを十分に監督するに足り得たかどうか、大きな疑問を挟む余地がある。両社経営陣のアクションの違いの主要因をコーポレートガバナンスに求めるのはやや行き過ぎであろうが、当時のリーマンブラザーズの取締役会が経営の暴走に対する十分な歯止めとならなかったことは明白であった。1

1 David Larcker, Brian Tayan 「A REAL LOOK AT REAL WORLD CORPORATE GOVERNANCE」

日本企業においては、読者の皆様もご承知の通り、執行と監督の分離が進んでおらず、また、議論の土台となる社外役員人材のプールが必ずしも潤沢ではない(その選任に関する相談をお受けすることも多い)のが実態である。しかし、近い将来、社外役員のマーケットが十分に形成された暁には、真の意味で経営に対して適切な牽制(攻めと守りのガバナンス)が働いているか、「取締役会の実効性評価」の観点から、株主から説明を求められる日もそう遠くないのではないか。

日本を代表する企業のコーポレートガバナンス関連の不祥事も相変わらず後を絶たない。法令で求められる最低限の"形式要件"を満たした後、そこに"実質性"を伴わせるために業界全体として取り組むべきことは多い。リーマンブラザーズのケースで重要なポイントは、当時のUSにおける法令を遵守していたにも関わらず、そこに"実質性"が伴っていなかった点である。コーポレートガバナンス・コードの補足原則には、欧米の苦い経験に裏打ちされたヒントがこうした形で潜んでいる。

ここに来て、コーポレートガバナンス・役員報酬が経営課題の一つであるという認識も広がり始め、変革の端緒に立つことができつつある。この流れが、コーポレートガバナンス・コード施行に伴う一過性のものに止まらないよう、今後も日本企業と "実質性" を生み出すための議論を継続していきたい。