年金と一時金の損得論(企業年金の場合) - コンサルタントコラム 730 | マーサージャパン

コンサルタントコラム 730

年金と一時金の損得論(企業年金の場合)

甲斐 佑太

執筆者: 甲斐 佑太(かい ゆうた)

年金コンサルティング アソシエイト コンサルタント 日本アクチュアリー会 準会員

日本の企業年金の 1 つである確定給付企業年金制度(以下 DB (Defined Benefit) 制度という)では、一定の勤続年数等の要件を満たすと年金給付を受けとることができる。多くの制度では、それがもともと会社で実施していた退職一時金制度から移行したものであるという背景もあって、当該年金給付に代えて一時金を選択受給できる設計となっている。

この場合、従業員の立場で見た時に年金と一時金ではどちらを選択するのがよいだろうか。言い換えると、どちらを選択すると従業員は得をするだろうか。以下の 3 つの論点で検討してみたい。

1. 給付額の大小

まず考えられるのは、総給付額の多い方を選択するという考え方だ。比較にあたっては、以下の 3 つの要素を考慮する必要がある。

1.1. 給付利率

DB 制度は、一般的に、老後の所得を確保するという基本的な設計思想により、年金が一時金よりも現在価値ベースで優遇されるように設計されている。(注: 確定給付企業年金法施行令第 23 条。年金と一時金では支払の時点が異なるため、現在時点に割引いて比較を行う。) 一時金原資を年金に換算する際に将来の利息として一定の数値を設定する場合がある。一時払いではなく将来にわたって支払われるために、その間の利息を給付に反映するという考え方である。これは給付利率や年金換算率などと呼ばれる。年金給付の合計額は、この利息相当分だけ一時金給付額よりも大きくなる。

ただし、それだけで年金のほうが得だと一概に言うことはできない。一時金も受給してそれきりではなく、個人で資産運用を行うことができるためである。つまり、給付利率の観点で損得を見る場合は、DB 制度で保証される給付利率と個人として運用した場合の収益率とが比較されることになる。また後述するが、住宅ローン等負債の繰上げ返済に充てる場合はそのローンの利率も勘案して損得を考える必要がある。DB 規約に記載されている給付利率を確認して、自身の運用経験や保有する負債の性質等に照らして検討する必要があろう。

1.2. 給付期間

年金給付には、本人が生存する限り給付が継続する終身年金と、一定の期間で給付が終了する有期年金とが存在する。支給される年金が終身年金であった場合、その総給付額は支給開始時点から死亡時点までの合計で計算する必要がある。総務省統計局の「日本の統計 2016」によると、65歳の平均余命は男子で約 19 年、女子で約 24 年であり、これに自身の健康状態等の特性を加味して死亡時点、即ち「いつ死ぬか」を考えていくことになる。なお、有期年金の場合は単に全支給期間で計算すればよい。

自身の死期について正確に把握することは不可能であり、従って死亡するまでに生活費等をどのように賄うかを計画することも不可能である(必ず過不足が発生する)。このようなリスクは長寿リスクと呼ばれるが、終身年金にはこのリスクを一部ヘッジする効果がある。このヘッジ効果や、また DB 制度における終身年金は設計上保証期間を超える部分が会社の持ち出しになっていることを考えると、多くの場合は年金を選択する方が得であるといえよう。

1.3. 年金と一時金の税制上の取扱い

年金と一時金では、税制上の取り扱いが異なる。いずれも税制上の優遇措置があるが、年金には公的年金等控除、一時金には退職所得控除が適用される。企業年金は、年金で受け取る場合は雑所得として公的年金等と合算して課税される。課税の控除枠はあるが決して大きくはないため、給付水準にもよるが一定程度課税されるのが通常である。

一方、一時金で受け取る場合は退職所得として税制上優遇されており、その控除枠は新卒入社定年支給の場合で 2,000 万円程度と非常に大きい。一時金の水準によっては実質非課税とも考えられる。従って、総給付額を手取りベースで比較すると一時金の方が大きいということもあり得るのである。

2. ライフプラン

ライフプランとは、充実した人生を送るための人生設計のことであり、その設計にあたっては、個々人の収入や支出、資産や負債の状況等の金銭的な要素を考慮する必要がある。個々人のライフプランによっては、退職時点でまとまった一時金を必要とするということがある。例えば住宅ローンの繰上げ返済や、晩婚化による教育資金としての資金ニーズが考えられる。また、第二の人生の起点として大きな買い物をする場合や、資格取得や起業等を志す場合はその資金に手当てされるということもある。

確たる人生設計がある場合、必ずしも総給付額を見るのではなく、退職給付としてより満足度の高い(=人生設計に沿う)給付形態を選択することが合理的であるといえよう。DB 制度によっては給付のうちの一部を一時金で、残りを年金で受給することを選択できる制度もある。このような設計の場合は、ライフプランに応じた柔軟な受け取り方を検討したい。

3. その他

その他の論点としては、年金を選択すると退職後に支払いを行う DB 制度の動向に影響を受けるということが挙げられる。運用環境の悪化等により積立状況が低下した場合や会社の経営状況が芳しくない場合に、DB 制度は(一定の条件はあるが)給付減額を実施したり解散したりといった措置を取る可能性がある。

また将来の税制の見直しも可能性としてはあり得る。第三者が資産を管理することによって、そのような世の中の動向に一定程度晒されるということは念頭に置く必要があろう。ただ、定期的にお金が振り込まれるというのはやりくりのし易さではメリットとも言える。一方、一時金を選択した場合は、自身で行う資産運用の巧拙に金額が左右されることや、手元にお金があるとつい使ってしまうということなどを考慮する必要がありそうだ。

結論としては、年金と一時金でどちらが得かと言う問いに正解はなく、個々人の状況に応じて適切な選択をすべきということになる。実際にこの問題を検討する場合は、上記論点以外にも、退職後の収入(公的年金含む)や支出の水準、退職時点で保有する資産と負債の総額などを考慮して、総合的に考えるべき問題といえる。

個人的には、公的年金を補完するという企業年金の趣旨を鑑みて年金を選択し、老後に資金ニーズが見込まれるのであれば別途貯蓄で対応するということが自然であるように思われるが、そのようなインセンティブは決して大きくはないというのが現状である。なお、筆者が退職給付に関する案件に携わってきた経験では、終身年金を提供している制度では一定の年金選択者がいるものの、有期年金の制度では一時金選択がかなり多いというような傾向があるものと思われる。

先般、確定給付企業年金と双対をなす年金制度である確定拠出年金について、大きな法改正が行われた。それにより、原則すべての人が個人単位で確定拠出年金に加入できるようになった。公的年金のスリム化が一層進行することが懸念される中、老後に向けた資金準備は公ではなく私(個人あるいは企業)に託される比重が次第に大きくなっており、当該法改正についてもその一環であるといえる。一人ひとりにとってより大きな問題として、若いうちから意識されるべき課題となるだろう。

本稿では、年金と一時金の選択において、どのような観点で検討を進め、最適な意思決定を行うべきかについて論じた。年金と一時金の選択のみでなく、老後の所得確保に関する多くの問題において、損得論に留まらず様々な観点で総合的に検討すべきであるという点は共通するものと考える。読者が自身の老後について思いをはせる際、本稿がご参考となれば幸いである。