日系多国籍企業のためのASEAN人材戦略 ~EVP(企業の社員への提供価値)の構築がカギ~ | マーサー

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日系多国籍企業のためのASEAN人材戦略 ~EVP(企業の社員への提供価値)の構築がカギ~
日系多国籍企業のためのASEAN人材戦略 ~EVP(企業の社員への提供価値)の構築がカギ~
Calendar2014/07/04

国内市場の成熟化が進む中、日本企業は成長機会を求めてASEAN市場への参入を強めている。多くの日系多国籍企業は、域内の各市場において既に相当規模の事業を確立しており、現地社員の獲得に資する存在感を見せている。また、近年多極的なASEAN市場での事業の効率的な管理と、市場の動向にもとづいた迅速かつ正確な意思決定を目的として、シンガポールに地域統括拠点を設置する動きも目立っている。

乏しい人材面でのリターン

それでは、日系多国籍企業はシンガポールでの効果的な現地人材の採用・定着に成功しているのだろうか。そのことがすぐに分かる尺度の一つが大学生による就職人気企業ランキングだろう。ランキングの中で高位に位置するほど、優秀な人材を集めやすくなるり、日系企業は一も入っていない1

1) GTI Media社実施の「Singapore’s 100」による。参加者はシンガポールの主要大学の最上級生および直近の卒業生からなる約5,400名。

シンガポールにおいて、日系企業が大学生の理想の就職先ではないのであれば、他のASEAN各国でも同様の傾向にあることは容易に想像できる。この傾向が今後も続くとすれば、ASEANで活動する日系企業は優秀人材の獲得が難しく、結果として組織力は弱くなり、市場のリーダー的存在になるという戦略が実現することはない。このことは、日系企業のASEAN市場での投資や関心、尽力が、人材面では十分なリターンを生んでいないことを示唆している。

なぜ優秀な人材を獲得できないのか

日系多国籍企業はなぜシンガポールで優秀な人材を集められないのか。この問いへの答えを得るために、仕事や就職先を選ぶときに何が人材に影響を与えるのかを見てみたい。マーサーの「What’s Working Survey」によれば、シンガポールで特に重視される要素として、報酬(基本給・賞与)、キャリア開発機会(昇進・研修)、職場文化(仕事内容・柔軟な勤務体制)が上位に挙げられている。

そこで、マーサーの「2013 Total Remuneration Survey」をもとに、日系企業とその他の企業が、報酬とキャリア開発機会という二つの要素をどのように捉え、実践しているかに際立った違いがないか調べた。

報酬については、新入社員の基本給を日系企業とその他企業の違いを評価する尺度にした(図表1)。学士号取得者の場合、シンガポールの日系企業は市場平均より4~8%低いことが分かった。この違いはさほど大きく見えないかもしれないが、シンガポールの人材が報酬を重視することを考えると、優秀な人材を獲得しようとする日系企業に不利に働くだろう。また、基本給をもとに賞与が計算されることが多いため、報酬全体の差がさらに拡大する可能性がある。

図表1:学歴別初任給(年間基本給)

学位
日系企業(A)
その他企業(B)
A/B
博士号
SGD 45,500
SGD 45,500
100%
修士号 - 経営学
SGD 39,000
SGD 39,000
100%
修士号 - 理学
SGD 39,000
SGD 39,182
100%
修士号 - 会計学
SGD 32,500
SGD 34,450
94%
学士号 - 人文科学・社会科学
SGD 31,200
SGD 33,800
92%
学士号 - 経営学
SGD 31,200
SGD 33,800
92%
学士号 - 化学工学
SGD 35,100
SGD 36,400
96%
学士号 - コンピューター科学
SGD 33,800
SGD 35,750
95%
学士号 - 電子工学
SGD 35,100
SGD 36,400
96%
学士号 - 法学
SGD 36,400
SGD 36,200
101%
学士号 - 機械工学
SGD 35,100
SGD 36,400
96%
学士号 - 理学
SGD 33,600
SGD 35,100
96%

キャリア開発機会については、シンガポールの日系企業がキャリアを伸ばす機会を十分に提供しているかを分析した。図表2のとおり、その他企業の20%に対して、日系企業は経営幹部の25%を駐在員が占めていた。管理職については、日系企業の駐在員はその他企業の実に2倍である。このことから、その他企業と比較して昇進機会を得にくい可能性が推察され、上昇志向の強い現地人材は日系企業でキャリアを積むことを望まないかもしれない。

図表2:社員に占める駐在員の割合

階層
日系企業(A)
その他企業(B)
A-B
経営幹部
25%
20%
5%
管理職
15%
7%
8%
専門職
3%
2%
1%

このように、日系多国籍企業は、報酬水準が相対的に低く、キャリア開発機会が限られていると推察され、これらにより現地人材の採用・定着が阻害されている可能性が高い。

何をなすべきか

これまで指摘した視点はほとんどが社員の側からのものだった。企業が今いる現地社員の働きぶりに満足している場合は手を加える必要はないだろう。しかし、現地社員をもっと活用する意向なら、人材フローを活性化し企業を成功に導くように、自社のEVP(Employee Value Proposition:企業が現在および将来の社員に提供する価値)に投資する価値はある。

今いる現地社員には経営幹部レベルに昇進できるだけの能力やコンピテンシーがありそうか。現在の離職率からして、自社のキャリアパスでは人材が着実に昇進しているといえるか。必要な採用は行いやすいか。これらの問いかけは、企業が現状を把握し、どのセグメント・プロファイルの人材をより多く引き付け定着させる必要があるかを明らかにするために役立つ。この点が明確になったら、次にその人材グループのニーズを理解することが不可欠である。

市場競争力のある報酬の提供は重要だが、金銭的なメリットだけでは長期的な成功には繋がらない。企業は、報酬以上の競争優位を創出しなければならない。社員は組織との結びつきを感じることを望んでおり、そのためには報奨や認知によりやる気を持ち続けさせなければならない。対象とする人材グループのライフスタイル上のニーズにあった福利厚生制度を提供すれば企業のEVPは強化されるだろう。例えば、現在の社員や今後採用したい人材が主に女性である場合、柔軟な勤務体制や在宅勤務を実現できれば、採用・定着に有効であると言える。

昇進機会も重要である。キャリアパスを構築し、対象とする人材グループに対して積極的に情報を提供することがポイントになる。キャリアパスが明確に示されていれば、キャリアステップごとの要件(コンピテンシーや昇進基準など)やガイドライン(研修や育成プログラム、自己評価ツールなど)が良く理解でき、社員は指導的立場に至るまでの自分のキャリアを見通しやすくなる。

企業が自社のウェブサイトやその他のソーシャルメディアに、社員の言葉として、独自のメリットやキャリア開発計画に関する成功談を共有することができれば、その影響はさらに増すだろう。

人的資源を巡る環境はASEANと日本で大きく異なる。日系多国籍企業は現地人材の理解にもっと意識的に取り組むべきである。ASEAN市場での事業を成功させたいなら、EVPの向上を目指すべきである。EVPの向上は優秀人材を引き付け、最終的には持続的な事業成長に繋がる。


Hyuna Choi

執筆者: Hyuna Choi (ヒューナ チョイ)
組織・人事変革コンサルティング(シンガポールオフィス) プリンシパル

藤野 淳史

翻訳: 藤野 淳史 (ふじの あつし)
組織・人事変革コンサルティング シニアコンサルタント

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