2016年の振り返り-ハードシップ手当設定におけるデータの活用 

03 3月 2017

年末に、その年に起きた世界の10大ニュースを取り上げる番組がある。筆者も見た気がするが、英国のEU離脱是非を問う国民投票やアメリカ大統領選挙、リオデジャネイロオリンピックなど、日本でも大きな関心を集めた出来事以外は、記憶は曖昧である。

2016年を振り返ってみると、英国やアメリカ以外の各国で政治イベントが多かった。アイルランドやスロバキア、スペイン、ルーマニア、韓国、ベトナムなどで議会選挙が実施された。特に欧州では、移民・難民問題への対応が重要な争点となる中、政権交代や極右政党の躍進などが目立った。英国以外でも重要な国民投票が実施されている。ハンガリーでは移民・難民問題に関する政府の方針に対する是非、イタリアでは上院権限縮小に関する是非について、国民投票が実施された。ペルーやフィリピン、オーストリアでは新大統領が選出された一方、ブラジルでは大統領の職務停止、韓国では大統領の弾劾訴追問題が発生している。これらの出来事は、今後の政治や経済の情勢に大きな影響を与える可能性が懸念されている。

2015年のパリ同時多発テロ以降、欧州ではテロがいつ、どこで発生してもおかしくないと言われ、警備を強化していたが、ブリュッセルやミュンヘン、ベルリンなどで相次いで発生した。イスタンブールやダッカ、ジャカルタなどでも発生している。特にダッカでは、複数の日本人が事案に巻き込まれた。テロが発生した都市だけでなく、警戒が呼びかけられている地域や都市などでも、日常生活における治安への不安は増大している。ブラジルにおけるジカ熱の流行など、健康・保健に関する分野も見過ごせない。また、地震や豪雨といった自然災害もあった。これらが、その国や地域、都市に居住する人たちに対して、直接的、間接的に日常生活への影響を与えていることは想像に難くない。ただ、日本にいると、報道番組などで取り上げられたその時その時では認知するものの、そこで生活する赴任者がどの様な影響を受けているか、更にどの様に感じているかまで、タイムリーに、また十分に窺い知ることまではできていないのではないだろうか。

中国の大気汚染問題を例に挙げると、日本国内で注目が集まったのは2013年初頭だと記憶している。報道番組でも取り上げられ、多くの日本人が現地の状況を知ることとなった。マーサーでは、赴任者を対象として、例年10月から12月にかけて日本人世界生活環境調査を実施している。本国と任地の生活環境差をはかる上で重要だと考えられる56項目について、赴任者に対してアンケートを実施し、その結果を分析しているのだが、大気汚染に関する項目もある。北京を確認してみると、大気汚染に関して既に2010年以前から既に下限に近い値であり、2014年(2013年10月~12月に調査)以降は最低となっている。つまり、日本国内で注目が集まる以前から、赴任者は大気汚染の悪化、深刻な状況を実感していたのである。

質問票抜粋 - 公害(大気汚染)

ポイント 評価
10 大気は非常にクリーンで汚染は全くない
8 大気は概してクリーンで、身体への影響はほとんどない
6 大気は概ねクリーンだが、車の排ガス等にやや問題がある
4 居住区の大気は概ね良いが、都市中心部は車の排ガス等によりかなり汚染されている
2 都市全体の大気が汚染されており、人体への影響が心配である
0 都市全体の大気が非常に汚染されており、常にマスク着用等の対策が必要で、疾患もよく発生する

(より実感に近い値を得るために、56項目それぞれに、評価ポイントは0から10までの11段階の2ポイント刻みに、評価の目安となる文章を用意)

ニューデリーの赴任者から大気汚染に関する不安の声は出ていないだろうか。中国ほど話題に上っていない気がするが、結果では2010年以前から北京とほぼ同レベルの水準となっており、最近では悪化傾向にあることから、ニューデリーの大気汚染についても注意が必要であろう。

 

本国の生活環境との違いによる不安・不便・不快などに対する企業の配慮として、ハードシップ手当を設定している日本企業は多い。2016年に実施したマーサーの調査では、回答企業の80%弱がハードシップ手当を設定している。(マーサー「海外駐在員規程及び福利厚生制度調査」、以下調査)

生活環境差は物理的コストとして発生するものではなく、自社基準でハードシップ手当を設定すること自体は問題ないが、その基準に説明性や一貫性は求められるとマーサーは考えている。人事部門が任地の状況を適切に把握できていれば良いが、任地へ行く機会も限られ把握することが困難な場合などには、第三者機関のデータを参考にすることが有効となるであろう。調査によると、対象都市の選定については、マーサーなどの第三者機関による情報に、自社独自の評価を加えているケースが多い。

マーサーでは、ハードシップに関するデータを何種類か用意している。本コラムでは、日本企業に多くご利用いただいている日本人世界生活環境レポートについて説明しておきたい。このレポートでは、生活環境は物価などとは異なり、文化的・歴史的・社会的背景の相違から、その国民に特有なものであり、日本人にとっての生活環境は、日本人の主観をベースとして初めて意味を持つと考えて作られている。つまり、日本人派遣者がどう感じるかという実態に主眼を置いている。そこで、先に触れた世界生活環境調査を基に、各種ソースから入手した各国の政治・経済・社会文化などの情報を独自の判断で加味した上で、総合指数に加え二側面から各都市の生活環境を指数化している。日本を100として、任地の数値が大きいほど、日本人にとって生活環境は良好であることを表している。

1. 物理的・実態的側面 ・政治環境
・経済環境
・社会文化環境
・生活物資調達環境
・自然環境
・隔離性
2. 生活のしやすさ側面 ・安全度
・便利度
・快適度

 

海外生活環境指数は、主観で評価するという回答の性質上、数値が分散するため、その傾向値については慎重に分析を行っている。ただし、物理的に価格を調査して算出する「生計費指数」などと違い、絶対数値とは言えず、利用する際には指数をレンジで区切り、グルーピングしてハードシップ手当のランク付けに適用するのが適当である。

生活環境指数の利用方法として総合指数をそのまま利用するだけでなく、カテゴリー・項目を抜き出して企業独自の評価スコアも作成できる利点に関しては、別のコラム(コンサルタントコラム 743-アジア新興国進出とハードシップ手当について)で触れられているので、参考にしていただきたい。

マーサーの調査では、給与に関しては年1回改定する、もしくは年2回改定する企業が85%程度あるのに対し、ハードシップ手当対象都市に関しては、年1回見直しをしている企業は50%に届かず、見直し時期の明確な基準がないケース、設定当初から見直していないケースは合計で30%を超えている実態もある。

主な回答
毎年1回 47%
見直し基準を明確に設定していないが、これまでに見直しを行ったことはある 18%
設定当初から見直しを行っていない 15%

 

為替や物価は常に変動するものであるが、日常生活に影響を与える政治情勢や治安、自然などの状況もまた同様に変化しており、説明性や一貫性が求められることを考えれば、ハードシップ手当に関しても、年1回見直すことは望ましい。

著者
山縣 勘介

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