PMIの“その先”へ:クロスボーダーM&Aの事例から 

10 3月 2017

日本企業にとってM&Aが経営手法の一つとして定着する中、M&Aにおいて“クロージングはゴールではなく、PMI (Post-Merger Integration) に向けた取り組みが重要”との認識はここ数年でかなり浸透したとの見方に違和感はないだろう。買収後、買主が対象会社と協働の上、シナジー創出に向けた具体的な取り組みを進めない限り、買主が買収時に支払うプレミアムに見合ったリターンは見込めないという認識は、何らかの形でM&Aに携わられる方には共通したものであろう。
マーサーでは、M&Aにおいてプレディールからポストディールまでの一貫した組織・人事面からの支援を行っている。買収検討時のデューデリジェンス支援、クロージング準備、クロージング直後までの取り組みに関する支援に加え、ここ数年、PMIの各施策が一巡した買収後1~3年、または数年経過後の組織・人事面の取り組みに対する支援が増加傾向にあるように感じている。
本稿では、クロスボーダーM&A(※ここでは日本企業による海外企業の買収、いわゆるIn-Outのケースを想定)にフォーカスし、PMIの“その先”、つまり、買収後1~3年、または数年経過した後に発生しうる課題の1つとして、対象会社のトップマネジメントの交代を取り上げ、買収検討時点での可能な打ち手について考察したい。

日本企業によるクロスボーダーM&Aでは、対象会社の現経営陣、特にトップマネジメント(CEO, Managing Director等)が買収後も引き続き経営をリードすることを前提に買収後のプランが組まれることがよくある。その理由は、買主の日本企業から対象会社へ速やかに経営者を派遣できない、また、買主にとっての新規事業領域や、買主が事業を展開していない地域での買収となる等、様々である。
対象会社のトップマネジメントの続投は、対象会社の現事業の継続性を担保する観点で有効な打ち手の1つと言えるが、買収時のトップマネジメントが恒久的に対象会社の事業をリードするわけではない。例えば、買収後、順調に推移すると目されていた対象会社の事業が伸び悩む、買収時に想定したシナジーが十分に実現できない等の場合には、対象会社の経営・組織体制の変更を含めたテコ入れ、買主グループ内での組織再編等の施策を推進し、その結果として、対象会社のトップマネジメントの交代、または、当該ポジションの役割・位置づけに変更が発生することがある。また、買収後経営をリードしてきた対象会社のトップマネジメントのキャリアの節目の際にも、同様に新経営体制への移行を検討することになる。
新体制への移行は、これまで対象会社のトップマネジメントに経営を委ねてきた買い手の日本企業にとっては大きなチャレンジとなりうるが、これらの施策をスムーズに推進するには、買収検討時から将来的な可能性を見据えた手当を行うことが望ましい。

a) 後任トップマネジメントの選定

対象会社におけるサクセッションプランニング(Succession Planning, 後継者(選定・育成)計画)は言うまでもなく重要である。仮に、内部昇格を想定した場合、複数の候補者のパフォーマンスの見極めやトップマネジメントに登用するまでの育成アサインメントなど、後任育成・選定プロセスには1~2年程度の期間が必要となることもある。後継者を外部から採用する場合でも、現勤務先との雇用契約上の通知義務期間(Notice period)の遵守、処遇条件に関する交渉等があり、採用のオファーを提示し、候補者が実際に入社するまでに一定程度の期間が必要となる。
買収時の検討ポイントは、デューデリジェンス期間中に、対象会社におけるサクセッションプランの存在を確認することだが、仮に存在しない場合、買収後速やかにサクセッションプランの検討を開始することを推奨する。株主主導でサクセッションプランを推進することにより、次期リーダーの見極めを通じ対象会社の経営により深く関与することが可能となる。また、グループ人材マネジメントの観点からは、買主企業グループ内の人材も候補に入れた上で検討を進めることも重要である。

b) 現任トップマネジメントの退職

後継者の登用、ポジション・レポートラインの位置づけ変更等に伴い、現任のトップマネジメントが退職する場合、退職に伴う処遇についてその時点で初めて議論することは避けたい。対象者との交渉事となり、場合により法的リスクを伴うことも想定される。
買収検討時の打ち手として、買収時に現経営陣と新規に雇用契約を締結する際に、解雇手当(Severance)の支給条件(退職事由・支給水準等)を合意しておくことが退職時の交渉を避ける有効な手段となりうる。また、離職後の事業への影響を考慮し、前出の通知義務期間に加え、競業避止条項(Non-competition)・勧誘防止条項(Non-solicitation)を合意することも併せて検討しておきたいポイントと言える。法務アドバイザーの助言を得た上で、既存の雇用契約、国や地域における付与水準・期間等の条件に関する人事面のプラクティス、および対象会社固有の事情等も勘案し、総合的に判断・対応されることを推奨する。


本稿では対象会社のトップマネジメントの交代を取り上げたが、その他の経営陣をはじめとした事業のコアとなる重要人材に関わる課題、また、買主グループ内での法人統合・組織再編や労使関係等、従業員層における課題も想定される。買収後の戦略とともに、PMIの“その先”に想定される課題を見据えた上で、買収時の組織・人事デューデリジェンスを通じ、組織・人事面から対象会社に対する包括的なレビューを行うこと、また、将来発生しうる課題が特定された場合、可能なものについて先手を打つことが肝要と言える。

著者
後藤 孝江

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