「自助努力」と「認知ストレス」 

08 9月 2017

筆者の属する年金コンサルティング部門では、多くのお客様の年金制度を確定拠出型制度(DC制度)へと切り替え、若しくは一部導入をご支援してきた。
このメールマガジンをお読みの読者各位の会社でもDCを実施されているかもしれない。

DC制度は一般に、「従業員個人が自己責任のもと、資産運用を行い、老後の貯蓄を行う制度」と認知されている。これと対をなすのが、DB制度と呼ばれる、確定給付型の年金制度で、一般に、「会社が従業員の老後のために積立を行う制度」と整理される。

多くの企業で従来のDB型の制度からDC型の制度への切り替え、若しくは一部導入が進んだが、その背景には、DB制度がもたらす財務リスクを会社が保持したくない、という事情がある。そのため、例えば資産運用のリスクなどをDC制度を通じて従業員へと移転し、会社の負う財務リスクを軽減してきた。その一方で、DC制度導入の結果、これまで資産運用等とは無縁だった社員も、自助努力という名の下、老後の資産が資本市場のボラティリティに晒されることとなる。

ここで忘れてはならないのが、DBからDCに移行することで会社から切り離した資産運用のリスクはどこかに消えたわけではなく、従業員に移転した、ということである。
このリスクは、従来(専任で無かったとしても)企業が年金に詳しい担当者を配置し、また外部から運用コンサルタント等の専門家の助言などを受けながらも、それでもなお保持するのが無理、と判断したリスクである。

それをDC導入と共に、これまで運用経験のない一個人に移転したところで、効率的な資産運用など、普通に考えれば望むべくもない、というのは自明であろう。ましてや、資産を一括してまとめて運用することでのスケールメリットが得られたDB運用と違い、個人別の小規模な運用指図に伴う、運用手数料も割高な中で、である。

断っておくが、だからDCがダメでDBにすべきだ、という話ではなく、一個人がDCでそのような運用リスクと対峙して効率的な運用が可能だ、とする前提から疑う必要がある、ということだ。加えて、それを「自助努力」、「自己責任」で片づける、ということも。

だからこそ、DC制度下では継続的な投資教育の実施が義務付けられているが、管見の限りでは、その規模と頻度の両方でまだまだ不十分だと感じることも多い。会社の担当者の皆様も、自信を持って十分だと胸を張れるところは少ないというのが実情ではないだろうか。

適切な情報提供を行えば、個人が適切な投資行動を起こす、と期待するのは根本的に誤りだと考える。何故かというと、適切な情報提供に基づいて、更にその中で比較と取捨選択を行い、判断を下す、という一連の流れを起こす必要があるのだが、人間は判断を下す、ということに相当な心理的ストレスを感じる、ということを十分認識しておく必要がある。ましてや不慣れな資産運用という領域に置いて、である。そのような心理ストレス下に於いては、人間はどのように重要なタスクであったとしてもそれを認知して行動することを面倒と感じるようになる。

ではどうするか?
まず第一に、どのような組織であっても、重要な行動を起こすのに面倒と考える層が一定割合存在することを認識しておく必要がある。これは別に怠惰な社員だ、という訳ではなく、重要だと認知したからこそストレスがかかり、行動に移せないという個性と捉えるべきだろう。「ちゃんと投資教育したらみんなちゃんと行動してくれる」と考えるから、現実との間に不合理が発生するわけで、最初からそうではないと認識しておく。

その次に、そのような層に対して取りうる施策を考える。
一つは行動に移さないことを前提に、デフォルトファンドを長期的に許容できる範囲のリスクを取る商品へと変更する。これは平成28年に成立、29年から施行したDC法改正でも、デフォルトファンドにかかる基準がさまざま整備されており、長期的な観点から収益を確保できるものと定義づけており、ほとんどのDC制度でデフォルトファンドが預金、という現状に大きな影響を及ぼすと期待される。

もう一つは、「面倒な行動を起こさせる」ための施策を考える、という事である。
情報提供だけやって後は放置してしまうからこういう層が発生し、また改善されないわけで、それ以外の施策も積極的に考える必要がある。DC先進国であるアメリカやオーストラリアといった、個人の投資リテラシーがはるかに高い国々でも、このような取り組みが様々研究されており、特に、行動心理学の視点から考えられた施策が実績を上げている、ということで、大変興味深い。

日本においてはまだまだそのような取り組みが実践されている例は無いものの、海外で実験的に実施されている取り組みの中からベストプラクティスが生まれ、一般化するにつれ、いつかご紹介できる日が近く来ることを願っている。

著者
北野 信太郎

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