「人事戦略」について考える

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「人事戦略」について考える
Calendar2017/12/01

クライアントの方と話をしていて、時折、耳にする言葉がある。

「うちの会社には、人事戦略みたいなものってないんですよね」

採用面接をしていて、候補者の方からも似たような言葉を耳にすることがある。

「人事戦略の立案に携わってみたくて、御社を志望させていただきました」

人事戦略。その言葉を聞くたびに思うことがある(採用面接時には、すかさず候補者の方に質問を投げかけるようにしている)。

この人は、何を指して、人事戦略という言葉を使っているのだろう。人事戦略という言葉から、どういうコンテンツをイメージしているのだろう。

経営用語の中には、普段、当たり前のように使われていながら、解釈・用途が人によって異なるものがよくある。筆者の中では、「戦略」という言葉がまさしくそれであり、そこに「人事」という言葉が相まって四字熟語の体を成した際には、杳として得体の知れないものになる印象が強い。人事戦略に限らず、IT戦略、財務戦略、調達戦略など、「機能」プラス「戦略」を組み合わせた用語は、往々にして非常に安易な使われ方をしているように日々感じている。

ここでは人事戦略という言葉に焦点を絞って、筆者なりの考え方を少し紹介してみたいと思う。

そもそも、戦略とは何だろう。戦略の定義に関しては、古今東西、既に多くの議論がなされており、ここで深く立ち入ることは避けたいと思う。筆者自身は、選択と集中という言葉にも表される通り、企業が「取り組まないこと」を明確にすることが戦略に求められる一つの重要な役割だと考えている。本当に優れた戦略とは、企業経営における日々の意思決定の場面で、実際的な判断の物差しとして具体的に機能しうるものである。
更に言えば、戦略は実行に移されなければ意味がないと強く感じている。戦略を実行に移すためには、戦略で示された事業の優先順位・注力度合等に応じて、実際にリソースを再配分できるかどうかが鍵を握る。

しかるに、人事戦略の立案と実行についてである。上記の考え方を適用し、そこに「ヒト」の要素を付け加えるとするならば、「事業の優先順位・注力度合等に応じて、必要十分な人材を調達(採用)・再配分(配置転換)すること」がその骨子ということになるだろう。このとき、「カネ」は投資する「量(額)」を差配すればそれでよいが、「ヒト」に関しては「量(人数)」と合わせて「質」の観点からも最適化を図る必要があるだろう(厳密に言えば、「カネ」に関しても調達スキームに応じた「質」の要素はある)。

これらの話を踏まえて、以下の状況について、少し考えてみていただきたい。

Aという会社がある。A社は、以下1から4の四つの事業を運営している。

A社には絶対的エースと呼ばれる人材が一人いる。このエースを、果たして1から4のどの事業に配置するべきだろうか?

  1. 市場自体がまだ立ち上がっていない、完全な新規事業領域。現時点でのA社の売上はゼロだが、中長期的には非常に大きな市場に成長するポテンシャルを秘めている。A社としては、先行投資を進め、業界リーディングカンパニーとしての地位を確立したい領域である
  2. A社の中で、次世代の収益の柱と呼ばれている事業領域。市場自体が急成長しており、それと相まって競合との争いも日々激化している。現時点でA社利益の35%を生み出しており、A社としても、今後、さらなる投資を見込んでいる領域である
  3. A社にとって最大の収益源となっている事業領域。現在、A社利益の55%を生み出しているが、市場はすでに飽和・寡占状態にあり、A社としても大幅な追加投資は考えにくいとされている
  4. A社にとっての、かつての収益事業領域。市場自体が完全に斜陽であり、今後も回復は見込みにくい。現在はA社利益の10%を生み出しているが、この数字は、年々、減少傾向にあり、A社としても撤退を考える時期に差し掛かっている

筆者の周囲の人間に聞いてみたところ、1ないしは2という意見が多かった。理由は、将来の収益を確保するためにエースを活用するべきだ、という考え方が多数を占める。

だが、果たして、そうだろうか。

例えば、事業3について考えてみたい。高度に仕組化されたビジネスであれば、必ずしも優秀な人材を追加投資する必要はないかもしれないが、そうでない場合はどうだろう。例えば、経済全体が不況下に差し掛かろうとしているときに、足元の収入源を堅守するためにエースを活用しようという考え方は、保守的にすぎると言えるだろうか。

同じく、事業4についても考えてみる。撤退事業のマネジメントは、ともすれば有形・無形の多大な損害を企業に与える恐れがある。事業清算は極めて高度な意思決定と慎重な実行を要する領域であり、対象事業の規模・リスク・歴史等に鑑みて、そこにエースを張るという判断には十分な合理性が見いだせるようにも思える。

ここまで読まれてきて、「そんなことは、前提の置き方次第だろう」と仰る方もいらっしゃるのではないか。

仰る通り。前提の置き方次第で、答えはいかようにも変わりうるだろう。

ただ、ここでは経営資源としての「カネ」と「ヒト」の違いについて考えてみてほしいと思う。「カネ」であれば一円単位まで細かく配分を調整することができるが、一人の「ヒト」を分割することはできない(マルチアサインはもちろん可能だが、その功罪を語ることはここではしない)。同じく、「カネ」であれば、百円硬貨は発行年月日等に関わらず同じ百円の価値を持つが、一人の「ヒト」は必ずしも同じ価値を生み出さない。一人のエースの代わりに、三十人の社員を送り込むことでバランスが取れるかというと、そんなことはまずない。更に言えば、エースと一言で言っても、事業1から4まで、すべからく成果を創出できる人材となると、相当に限られてくるだろう。エースと呼ばれる人材がアサインされるポジション・レイヤー(事業のトップか、あるいは、ミドルマネジメントか等)、さらには、その周囲に配置される人材との組み合わせ方によっても考えは異なってくるはずである。もちろん、エース以外の人材に、どれだけタレントが揃っているか、という点も見逃せない。

「ヒト」資源の調達・再配分を考える際には、少なくともこれらの要素を考慮に入れたうえで、「最適な配置」を決定する必要がある。

と、ここまで読まれてきて、多くの方々は、改めてこう思うのではないだろうか。

「そんなことも、当たり前だ」、と。

仰る通り。ここで書いていることは、至極、当たり前のことにすぎない。

ただ、ここで筆者が問題提起をしたいのは、当たり前だと誰もが思うことのうち、果たしてどこまでを企業が実際に実行できているか、ということである。仮にそれが実行できていない場合には、なぜ、実行できていないのか、ということである。

筆者の所感として、上記のような考え方に則って実際の配置転換まで踏み込めているケースは、よくて一部の役員と部長クラスまで、という印象が強い。そのレイヤーにおいてでさえ、社内のパワーバランスや玉突き人事等々の事情によって、戦略最適ならぬ、政治最適な配置に終始している企業が実は少なくない。戦略は意思決定であり、トレードオフを伴うハードコール(難しい判断)である。ハードコールが伴わない"なりゆき"の人事施策を指して、その背後に戦略性があるとは到底言えない。

また、昨今は、戦略の立案だけでなく、その実行にこそ重きを置く論調も増えてきている(筆者もその意見に強く賛同する者の一人である)。人材マネジメントの領域においては、実行、すなわち配置転換にまで踏み込まない限り、机上の空論はそれこそ何の意味も持たない。筆者の経験上、日本企業の人材マネジメントにおいては、企画・構想段階はまだしも、その実行段階で躓いているケースが圧倒的に多い。企業として生き残りを賭けるうえで、表層的な美辞麗句に留まらない、本当の意味での「適材適所」を果たしてどれだけの企業が実現できているだろうか。ハードコールを伴う人材配置を実行し、必要な血を流しながら前に進んでいる企業が、果たしてどれだけいるだろうか。

これまでに述べてきたコンセプトを包含して「人事戦略」という言葉を使うことが皆さんの感覚に合致するかどうか、この時点で筆者には窺い知る余地のないところである。そもそも、言葉の定義自体を議論することは、本稿の本来意図するところでもない(筆者自身、言葉の定義そのものに強い論陣を張るつもりはない)。

筆者がここで積極的に問題提起したいことは、戦略の立案・実行段階において、人材マネジメントの領域では、何を・どこまで考えて実行に移す必要があるか、改めて振り返ってみてはどうか、ということである。

あなたの会社では、経営戦略を真に実現するために、人材マネジメントの領域において、どれだけの幅・深さで企画・構想を立案することができているだろうか。

さらには、その企画・構想を、実際の人材の調達(採用)・再配置(配置転換)に、どこまで有機的・機動的に結びつけることができているだろうか。

これらの茫漠としたテーマについて、少しでも考えるきっかけをご提供することができれば、筆者としては幸いである。


執筆者: 大路 和亮 (おおじ かずあき)
組織・人事変革コンサルティング シニアコンサルタント

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