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経営者をリテンションしないという選択肢

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経営者をリテンションしないという選択肢
Calendar2019/06/04

昨今のM&A案件では、お客様から人事デューデリジェンスだけを実施して欲しいと言われることはほとんどなく、経営者リテンションや対象会社のガバナンス・コントロールといったスコープもあわせて支援の要請をいただくことが多い。やはり"買収後"に対する関心が非常に高まっていることを実感する。今回のコラムでは買収企業の統治について、その手法とコストの観点から考えてみたい。

買収すると、経営陣(執行メンバー)をまずは現状維持するという日本の事業会社は多い。これの一つの完成形が、一旦は現状の執行体制を維持して「間接統治」を徹底することで、安定的な運営を図ろうという考えである(「間接統治」については、弊社パートナー竹田年朗の近著「クロスボーダーM&Aの組織・人事PMI、中央経済社、2019」をご覧いただければ幸いである)。

この手法は、多くの日本企業が取り組める現実的な最適解の一つだと思う。過去には、買収しただけで何も統治できずに失敗したケースもあったと思われるから、「間接統治」を徹底するというのは、はるかに進んだアプローチである。ただ、外国企業では、この手法が一般的な方法かといわれるとそうではなさそうだ。

ある米国企業の買収案件では、対象会社の経営陣のほとんどが、彼らのいままでのキャリアの中で所属していた会社が買収されたり、スピンアウトしたりする経験をしていた。そこで、米国の報酬専門家に「(過去の案件に照らして)今回の買収では、どの程度の水準のリテンションボーナスが提示されることを対象会社の経営陣は期待しているだろうか」と聞いたところ、「いや、むしろ解雇される可能性があると考えているのではないか」とのことだった。少なくとも米国では、買収されたら辞めさせられるのを覚悟する感覚があるということだ。

実際に米国企業以外でも、国外企業が日本企業を買収するケースでは、いきなり経営陣が総交替というケースは少なくない。基本的に経営の仕方は買収した側が決めるし、一つの機能に複数の責任者がいたのでは意思決定も遅くなるため、対象会社を分解・再編して指揮命令系統を一本化する。聞いたところでは、ある案件では、買収された日本企業は買い手の一事業部になることから、一部の上級管理職を除いて全員非管理職扱い(時間外労働手当支給の対象とする)にしたケースもあったという。このケースでは、いわゆる「名ばかり管理職」と認定されるリスクを最小化するという目的もあったと思われるが、対象会社の社員にとっては、相当大きな変化であったことは想像に難くない。

特に上場企業を買収した場合、間接統治のコストは高い。買収後の事業運営に失敗すればもっと高くつくのだから、ディール全体の大局観のなかで考えれば安いのかもしれないが、少なくとも次の理由で高くつくことは間違いない。

  1. 経営陣の報酬は、上場会社として適切な水準にマネージされている。買収後に完全子会社になり、上場廃止になれば、支払っている報酬水準は割高になる。
  2. 上場会社の経営陣には、株式による長期インセンティブが導入されていることが多く、買収成立時の精算金が膨大になることがある(数億円~数十億円程度)。このことは対象企業からの退職を強く促す一因となるため、リテンションのための交渉は複雑・長期化し、施策に必要なコストも高額になる傾向がある。
  3. 対象会社をスタンドアローンで維持するという構造上、間接機能に重複が生じることは避けられない。

このうち、1. については、対象会社の業績目標の達成度に応じて適切に報酬が払われるようにインセンティブ制度の設計をしっかり行うことである程度対策が可能である。しかし、基本給を下げることは現職者の続投を前提とすれば困難であり、非上場の同等規模の会社と比較した場合に固定費が高水準にとどまることは避けられない。

なぜ日本企業が海外企業を買収する多くのケースで、このような手法を取らざるを得ないのか。対象会社の位置づけ・規模に見合ったCEO・経営陣に入れ替えて、本社から適切な指示命令を出す直接統治の体制にすることは何故できないのか。上場企業の経験を積んだ人はその経験を活かして更に大きな上場企業に移り、更に活躍する。この方が、大型動物を無理やり狭い檻に閉じ込めておくより社会のためにもなるのではないか・・・

面と向かって経営陣全員維持のシナリオに疑問を投げかけることは、少なくともディールの最中にはしない。早期に直接統治に移行できないのは、きっと後任がいないからだと想像がつくし、余程のグローバル企業でも、上場会社のCEOの後任を育てるための経験を積ませてきていないことは想像できる。そもそも、そんな人材が社内にいればM&Aはやっていないと怒らせてしまうかもしれない。でも、何も語学堪能、多国籍人材を使いこなせるCEOを自社の日本拠点から調達すべきだと言っているわけではない。上場会社であれば後継者計画があり、対象会社の中にも後任候補はいるだろうし、報酬ベンチマークデータが示す通りもっと安い報酬で買収後の企業規模に相応しいCEOはマーケットから調達できるのである。

数少ないが、日本企業でも買収直後にCEOを変えた会社があった。まったくの新規領域の買収のケースである。これは、買い手の社長の判断だった。経営者のリテンションはデューデリジェンス開始前に所与の条件として決まっていることが多いのが通常なので、経営者自身に何らかのイシューが見つかった場合を除いては、我々コンサルタントから「経営者をリテンションしなくてもいいのではないでしょうか」とディールの真っ最中に切り出すことはまずない。

また、こうしたディールの重要な前提条件の変更の提案は、社内からは正式には上がってこない。どこの会社も企画部門には、社内選りすぐりの優秀なメンバーを揃えているにも関わらずである。中には、反体制派のような触れ込みで鳴らしてきたちょっと危険なメンバーもいたりするが、あくまでも常識的な範疇(会社によってこの範囲は異なる)において、変革的・急進的であって、社内で評価された結果そこにいるわけである。個人の単位では所与の前提条件に対する違和感や抵抗感があっても、これが組織としての正式提案として上がってくることはまずないだろう。

もしM&Aディールにおいて、読者が判断をする立場、あるいは判断を上位者に直接具申できる立場にいるのであれば、現経営陣を長期にリテンションしない検討をしてみることをお奨めしたい。この思考実験は、万が一、現経営陣のリテンションがうまくいかなかった場合のコンティンジェンシープランの検討という意味でも無駄にはならない。

一般に日本企業は、買収後にガラッと組織や人事、経営手法を変える、というのがとかく苦手な印象がある。より多くの日本企業が遠慮なく対象会社の中に手を突っ込み、直接統治できるようになると良いと思っている。この道を突き進んでいくと、買い手・売り手双方のカルチャーのコンフリクトに直面することになるが、これはまず手を突っ込んでみてから生じる問題である。手を触れないものを壊すと心配することはない。でも、手を触れなくても壊れることはある。

マーサーでは後任探しそのもの(エグゼクティブサーチ)は行っていないが、現経営陣の短期リテンションを前提とした検討や、社内アセスメントによる人材の把握、引継ぎに向けたコミュニケーション、等については知見がある。検討にあたって是非お声掛けいただければ幸いである。


執筆者: 野坂 研 (のさか けん)
グローバルM&Aコンサルティング シニアコンサルタント

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