持続可能な開発目標(SDGs)から見えるコーポレートガバナンスとイノベーション 

29 10月 2019

最近、通勤電車の中で目にする企業広告の中には、持続可能な開発目標(SDGs: Sustainable Development Goals)のロゴと、SDGs達成に貢献しますというコメントが記載されているものがあります。また、ある公立の小学校では、SDGsが掲げる全目標について子供たちに学ぶ機会を与えることにより、教える側の教師の意識の高まりや子供たちの学びの心の深まりによって、副次効果として子供たちの成績が上がったという記事を読みました。また、現政権下では、2015年にSDGs推進本部が設置され、目標達成のためのアクションプランが作成されています。持続的成長といえば、これまではESG(Environment, Social, Governance:環境、社会、ガバナンス)という言葉をよく耳にしましたが、今日では、SDGsの方が広く世の中に浸透してきているように見受けられます。今回のコラムでは、企業が持続的成長を達成するためにはどうしたらいいかという点について、SDGsからヒントを得て、コーポレートガバナンスとイノベーションという観点で、企業及び投資家両方の立場から考えてみたいと思います。

持続可能な開発目標(SDGs)とは、2000年に当時の国連事務総長であったコフィー・アナン氏のもとでスタートした国連グローバル・コンパクト(UNGC)と呼ばれる企業向けのイニシアチブです。企業を中心とした様々な団体が、責任ある創造的なリーダーシップを発揮することによって社会の良き一員として行動し、持続可能な成長を実現するための世界的な枠組み作りに自発的に参加することが期待されています。イニシアチブには、下記のロゴにある17の目標が掲げられています。

出典:国連開発計画

目標9では、「強靱(レジリエント)なインフラ構築、包摂的かつ持続可能な産業化の促進及びイノベーションの推進を図る」ことが謳われています。また、この目標を達成のために関連する市場規模は12兆ドル1と言われており、企業がイノベーションを推進することによって目標達成に貢献することが期待されています。つまり、企業がこれら目標に関連する市場に参入し、企業の持続的成長を図っていくためにも、イノベーションが非常に重要であると考えられます。

1 ICGN View Point

では、まず初めに、イノベーションとは何か?ということについて考えてみたいと思います。ICGN(International Corporate Governance Network)2では、イノベーションを「価値を生み出している既存の生産及び業務プロセスに対する新しくかつ意味のある改善をもたらす活動」と定義しています。つまり、イノベーションとは、新製品を生み出すための技術革新だけでなく、価値を生み出す新たなビジネスモデル、人事戦略、市場チャネル、業務プロセスの改善等も含まれます。企業が、技術革新だけでなく広い意味での経営戦略を打出すことにより価値を創造していくことが出来れば、その企業の持続的成長が可能となります。

2 ICGN (International Corporate Governance Network)国際コーポレートガバナンスネットワークは、投資家主導で1995年に設立された実効性のあるコーポレートガバナンス、スチュワードシップ(投資家に対する)、持続可能な経済を推進する国際組織。

例えば、ここで1988年から2017年までの企業の時価総額順位表をみてみましょう。

 

  1988 1997 2007
2017
1 NTT ジェネラル・エレクトリック 中国石油天然気
(ペトロチャイナ)
アップル
2 日本興業銀行 コカコーラ エクソンモービル アルファベット
(グーグル)
3 住友銀行 マイクロソフト
ジェネラル・エレクトリック マイクロソフト
4 富士銀行 エクソンモービル 中国移動
(チャイナモバイル)
アマゾン
5 第一勧業銀行 NTT 中国商工銀行 フェイスブック
6 IBM メルク マイクロソフト テンセント
7 三菱銀行 エアロフレックス ガスプロム バークシャーハザウェイ
8 エクソン シティグループ ロイヤルダッチ・シェル アリババ
9 東京銀行 ロイヤルダッチ・シェル AT&T ジョンソン・エンド・ジョンソン
10 ロイヤルダッチ・シェル インテル 中国石油化工 JPモルガンチェース

 

(出典、ブルームバーグ、Yahoo Finance)

 

この中で、英蘭系石油大手のロイヤルダッチ・シェル社は、2007年まで10位以内にランクインしています。2017年は10位以内には入っていませんが、ハイテク企業が上位を占める中、30位以内に順位を維持するなど健闘しています。パリ協定に基づく低炭素社会に世界が舵を切っている中、この世界的潮流は、石油など資源関連企業にとっては逆風といえます。そんな中で、ロイヤルダッチ・シェル社は、この逆風をむしろ契機と捉えて、新たな試みを行っています。例えば、再生可能エネルギー(洋上風力発電事業)へのビジネスモデルのシフトや、企業幹部の報酬と短期的な二酸化炭素(CO2)の削減目標を連動させる考えを明らかにしています。こうした取り組みはエネルギー大手としては業界初の事例ですが、株主をはじめとするステークホルダーからの圧力や企業の生き残り・今後の成長を賭け、経営陣はビジネスにイノベーションを取り込んでいます。

ロイヤルダッチ・シェル社のように、企業が時代の変化にあったビジネスモデルを展開するためイノベーションが起こせるようになるためには何をどうすればいいのでしょうか?この問いの答えの一つが、コーポレートガバナンスにあります。とくに、経営の要といえる取締役会の在り方が重要と言えます。なぜならば、経営戦略の策定・実行をするにあたり、経営陣は、短期的な収益目標だけでなく事業のライフサイクルを踏まえた中長期的な目線で経営戦略を立案していく必要があります。このためには、専門的な知識と経営スキルが経営陣に必要とされます。戦略コンサルタントに協力を仰ぐとしても、社内にチーフ・イノベーション・オフィサーを置くにしても、最終的な意思決定は企業の経営陣でなされます。経営陣の選任・解任は取締役会の決議事項です。また、イノベーションのためのコストは、経営陣の報酬に対するコストにも関係してきますので、CFOが意思決定にかかわってくることになるでしょう。さらに、様々な異なる考えからよい結果を導き出すため、つまりイノベーションを生み出す土壌を醸成するため、外部から人を受け入れる多様性を是とする人事戦略は、取締役会の役員の構成に反映されます。これらの重要事項につき、独立した客観的な立場から、実のある議論を確保し、社内取締役に対する実効性の高い牽制機能をもった健全な取締役会の体制が必要とされます。このような実効性の高い経営体制は、企業の健全な文化醸成に役立ち、それは従業員の士気にもかかわり、ひいては、イノベーションを生み出す風土にもつながります。今一度、企業はコーポレートガバナンスとイノベーションの関係について真剣に議論をすべきであると考えます。

最後に投資家側から企業のイノベーションをどうとらえるべきかを考えてみたいと思います。スチュワードシップコードでは、責任ある機関投資家として、投資先の企業に対し、ESGの要素を取り込み、事業のリスク・収益機会の両面で中長期の企業価値につきどのような影響を受けるのかを検討することが推進されています。企業のイノベーションに関する情報は、企業業績の報告や監査、また経営幹部の報酬決定といった場で定期的に議論される事項でありません。しかし、企業がイノベーションを起こし、変化を遂げることが出来るか否かが企業価値を創出する主要な牽引力であり、この事が可能か否かを見極めることが投資家としては最も重要となります。この見極めを可能とするために投資家は、目的をもった実のある企業との対話を継続していくことが重要といえます。2018年現在、世界におけるESGを含むサステイナブル運用戦略に対する投資額合計は約52兆ドルです。戦略別に見た場合、ESGインテグレーションという投資プロセスにESG要因を統合している戦略の伸び率が最も高くなっています。(参照:図表1)

世界におけるサステイナブル投資、戦略別投資額の変化
(2016-2018) (単位:10億ドル)

図表1. 出典:2018 Global Sustainable Investment Review

 

また、国別の投資額(図表2)をみてみるとエンゲージメント投資戦略においては米国、カナダと大きな差はありませんが全体としてはかなり少ないように見えます。日本における投資家の投資先企業を見る目は、これから磨かれていくことを期待します。

2018 サステイナブル投資戦略別投資比率(%)
(地域別)

図表2. 出典:2018 Global Sustainable Investment Review

著者
秋和 由佳

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