猫も杓子もAIの時代

「猫も杓子もAIの時代である」。第3次AIブームが続く中、こんなことを言うと多くの方からお叱りを受けそうだと考えていたが、試しに「猫も杓子も」と「AI」という2つの単語をキーワードにして、幾つかの検索エンジンで検索してみると、多い所で約8万件近くもヒットした(2019年12月18日時点)。ひょっとすると、筆者と同じく氾濫するAIの話題に対して食傷気味に感じている方は意外と多いのではないだろうか。そして、食傷気味に感じる理由は、AIが話題として取り上げられるほど質の良くない内容も多くなることに加えて、AIの話題があまりにも散漫な内容に終始しているからではないかと考えている。AIに限らず、何らか新しいトピックが登場した後の黎明期にはありがちだが、どのようにAIに関する分野を俯瞰的に捉えるか、そして、AI活用時の課題について触れたい。

まず、AIの話題が散漫になる背景として3つ考えられる。

1つ目は、AIをはじめ、マシンラーニングやディープラーニングなどの言葉の用い方や認識がバラバラだという点である。例えば今挙げた3つの言葉で考えると、通常、マシンラーニングとディープラーニングはAIの技術の1つであり、包含関係にある。しかしながら、AIが包括的な位置づけにあるために、単なるマシンラーニングやディープラーニングの技術であってもAIと呼称されてしまい、AIという言葉の乱用になってしまっている。勿論、AIという言葉にはブームも相俟ってマーケティング上の訴求力があるのかもしれないが、その内容にはバラつきが大きく、ラベルにはAIと書かれているのに中身は「とてもAIとは呼べないシロモノ」という可能性もある。

2点目は、AIのテーマ1が極めて広範囲に亘る点である。1つの産業で活用されているAIのテーマは個々でも十二分に深く、且つ、多岐に亘るため、議論が散漫になりがちである。例えば、筆者の属する資産運用業界でもパターン認識、テキストマイニング、ヒューリスティクス、ロボティクスなどと、活用されるAIのテーマを挙げれば切りがないが、これらをひとまとめに「AI」と括られても議論の深掘りは困難だろう。意味のあるより深い議論するには産業ではなくAIのテーマを整理して捉える別の軸が必要だと考えられ、上述のような産業ごとにAIを議論しても内容は表面的ものに留まる可能性が高い。

1 当コラムで述べるテーマとは画像認識や音声認識などといったAIの技術を指すこととする。なお、マシンラーニング(機械学習)とディープラーニング(深層学習)もAIの技術の1つなので当コラムで述べるテーマに該当する。

3点目は、時間軸の違いである。AIを議論する際に頭に思い浮かべるAIのテーマが、実用化まで1、2年ほどの現実的なテーマなのか、それとも、実用化までにはまだ4,5年ほどを要する中期のテーマなのか、あるいは、少なくとも10年以上の長期に亘る研究開発が必要となるようなテーマなのか、それらが混在していることがしばしばある。当然ながら、同じAIのテーマであっても、時間軸の認識を揃えない限り建設的な議論は困難であることは想像に難くない。「AIは人間にとって代わるほどの複雑な問題に対する解決能力を備えた脅威の存在になる。よって、人類はAIへの対策が必要となる」などという議論は長期的には意味があるかもしれないが、短中期的にはただのSF話でしかない。

一方で、AIに関する分野を俯瞰的に捉えることが困難であることも事実だろう。そのような中、今年の6月に興味深い試みが進められていることを見つけた。人工知能学会でAI研究の全体像を見渡せる地図を作るという試みで、名称もそのまま「AIマップβ」2である。「β」というのは正式版ではなく試作版であることを意味しているが、AIが現在もなお発展している分野であることを踏まえると、試作版の更新はあっても正式版がお目見えすることはないかもしれない。それでも、上述の通り、AIを俯瞰的に捉えようと試みるにあたり、理解に向けた大きな一助になると筆者は考える。眺めているだけでも好奇心がそそられるマップなので、是非ダウンロードしてご覧頂きたい。(脚注URL参照)

2 人工知能学会 AIマップβ

このAIマップは4枚あり、それぞれ異なる軸に基づいてマップが描かれているので簡単にご紹介したい。

1枚目の軸は「知能活動のフロー」だ。以下の図表1のように、人間の知能活動をフローとして捉え、フローは「知覚」に始まり「実行」までの多数の知的活動の連携で実現されているものとして、そのステップごとに研究分野が網羅されている。例えば、フォーカスしたいテーマが知能活動のフローの中でどこに位置しているのか、前後のフローは何か、と言った関連するテーマが何かが分かりやすく描かれている。

(図表1)単純な知能活動のフロー

出所:人口知能学会「AIマップβ」より筆者作成

2枚目の軸は「技術と応用」だ。横軸を技術、縦軸を応用として、技術と応用のそれぞれの範囲の広がりが時間的な変遷を意味しており、左下の原点から、右上のシンギュラリティ(AIが人類の知能を超える技術的特異点とされる)まで、発展の経過とともに対象となるテーマが描かれている。テーマごとに、技術と応用の観点から近いテーマが何かが見出しやすく、相互関係から新たなテーマに繋がる可能性も秘めている。

(図表2)技術と応用

出所:人工知能学会「AIマップβ」より筆者作成

3枚目の軸は「基盤領域から手法・応用領域への展開」だ。大分類の基盤としてどのような基礎学術があるのか、続いて、大分類の手法として応用学術を加えながらどのようなAIのテーマがあるのか、そして、大分類の応用として社会基盤、産業基盤、産業応用、更には政策/経済/文化/生活への繋がりが見やすく描かれている。応用のテーマ1つをとっても、多くのテーマと基礎学術に支えられていることが分かりやすく描かれている。

(図表3)基盤領域から手法・応用領域への展開

出所:人工知能学会「AIマップβ」より筆者作成

4枚目の軸は「AIフロンティアへのアプローチ」だ。AIフロンティアとは「AIが人間を含む生物の知能を超えることの実現と、AIの社会との共生」と定義される。そのAIフロンティアの実現に向けては「知能」を具体化するためのアプローチとして、「言語・推論」、「発見・探索」、「進化・生命」、「対話・情動」、「身体・運動」、「学習・予測」という6つがあり、これらが軸となる。AIのテーマはいずれかのアプローチにプロットされるため単なるカテゴライズにも見えるが、アプローチは各々独立分断されている訳ではなく、融合したり分離したりしながら発展することが期待される。

(図表4)AIフロンティアへのアプローチ

出所:人工知能学会「AIマップβ」より筆者作成

以上から、AIに関する分野を俯瞰的に捉えるには、軸ごとに多面的な見方が有効であることを感じて頂けたのではないだろうか。しかし、裏を返せば軸を基準とした地図が必要となることから分かる通り、「AI」の明確な定義は現時点では存在しない。そして、その前提となる「知能」の定義も同様であり、実はいずれも統一された概念にはなっておらず3、共通認識もないのである。結果として、バラバラに定義されたAIに対して期待感だけが過剰に高まってしまい、足元はブームどころか「AIバブルの終焉」と危惧されるまでに至っている点には留意すべきだろう。

3 人工知能学会は、知能を「実際の目標を達成する能力の計算的な部分」、AIを「知的な機械、特に、知的なコンピュータプログラムを作る科学と技術」と記述(https://www.ai-gakkai.or.jp/whatsai/AIfaq.html)

さて、実際にAIを活用するにはユーザー側にも1つ課題がある。それは「アルゴリズム 対 直感」の問題だ。資産運用を例に簡単な事例を考えてみたい。あなたは投資家で、手元資金を用いて株式か債券のいずれかへの投資を検討しているとしよう。高リスク高リターンの株式か、低リスク低リターンの債券のどちらに投資すべきか迷っているあなたに対して、機械であるAIは「株式への投資」を勧め、人間である資産運用アドバイザーは「債券への投資」を勧めた場合、あなたはAIを信じて債券よりもリスクの高い株式への投資が出来るだろうか。恐らく多くの方が人間を信じて債券へ投資するだろう。むしろ、リスクが大きくなればなるほど、「機械などには任せていられない」という判断が働くのではないだろうか。更に言えば、ここでは資産運用という形で経済的リスクを例として取り上げたが、自身や家族と言った親しい人間の生命を脅かすリスクに置き換えてみると、より強く感じられることだろう。

「AI 対 人間」は、言い換えれば「統計的なアルゴリズムに基づく予測 対 専門家の経験に裏付けられた直感に基づく予測」とも言える。そして、多くの場合において、専門家の経験に裏付けられた直感よりも統計的アルゴリズムが優位となる可能性が高いことが既に過去の研究4によって示唆されている。それにも拘らず、一般的に人間の判断が優先される傾向があるのは認知心理学上のバイアス(代表性ヒューリスティック、利用可能性ヒューリスティック等)に因るものと指摘されており、AI活用の妨げにも成り得るのである。

4 Paul E.Meehl. 1954. “Clinical vs. Statistical Prediction: A Theoretical Analysis and a Review of the Evidence”(臨床的予測対統計的予測:証拠の理論分析と評価)

AIを活用するユーザーとしては、AIのテーマに対する理解と、アルゴリズムに対する確信度がAI活用の成否を分ける鍵と言えるだろう。

 


 

執筆者: 辰己 有 (たつみ ゆたか)
資産運用コンサルティング コンサルタント

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