数学的視点から見たPCR検査 

14 4月 2020

この度新型コロナウィルス感染症(COVID-19)で亡くなられた方々に、謹んでお悔み申し上げます。影響を受けられた方々には、心よりお見舞い申し上げますとともに、一日も早いご回復をお祈り申し上げます。

この新型コロナウィルスは、未だ収束せず日本を含め世界各国で感染拡大を続けている状況ですが、日本は世界各国と比べると相対的に抑え込んでいるように見えます。
その一方、感染者数についてはPCR検査数が他国より少ないという見方があり、その是非について様々な意見があるようです。
ではPCR検査を、現状より広げてもっと多数の人に対して検査するのと、現在のように疑わしい人に対象を絞って検査するのと、いずれがいいのでしょうか?
これについては「検査陽性のパラドックス」と呼ばれる問題があり、今回のケースに当てはめて検証してみたいと思います。

その検証にあたり、いくつか前提を置く必要があります。

  1. 感染率
    感染者数は現在診断されていない人も多くいる可能性があります。それを踏まえ、実際の感染者数を10,000人、日本国民の人数を1億2,000万人とすると、現在の感染率は日本国民全体の0.008%となります。
  2. PCR検査における誤判定確率
    どんな検査もそうですが、PCR検査も必ずしも完璧なものではありません。特に、PCR検査は専門的な検査が必要であり検査にあたっての属人的なスキルも影響するようです。そのため、一定の誤判定が出る前提で、その発生確率を見込みたいと思います。
    検査の誤判定が発生するケースとしては、以下の2つに分けられます。(表1参照)
    A:感染者が陰性と判定
    B:非感染者が陽性と判定


    表1



    ここで、感染者が正しく陽性と判定される確率は 50%~70%程度であるという報道があります。それを踏まえ、感染者が正しく陽性と判定される確率を70%、誤判定A(感染者が陰性)の確率を30%と仮定します。
    誤判定Bの確率(非感染者が陽性と判定される確率)については、極めて発生確率が低いと言われています。ただし、一定程度発生するようであり、ここでは、誤判定Bの発生確率を0.1%と仮定します。

この時、無作為に10万人に対しPCR検査を実施すると、表2の通りとなります。
この場合、場合分けしたそれぞれの人数は以下の通りです。

1)感染者が陽性の判定:(検査対象者)×(感染率)×(陽性と判断される確率)

=10万人×0.008%×70%=6人

2)感染者が陰性の判定:(検査対象者)×(感染率)×(陰性と判断される確率)

=10万人×0.008%×30%=2人

3)非感染者が陽性の判定:(検査対象者)×(非感染率)×(陽性と判断される確率)

=10万人×99.992%×0.1%=100人

4)非感染者が陰性の判定:(検査対象者)×(非感染率)×(陰性と判断される確率)

=10万人×99.992%×99.9%=99,892人


表2

    コロナウイルスへの感染
    感染している 感染していない 合計




6人 100人 106人
0.006% 0.100% 0.106%

2人 99,892人 99,894人
0.002% 99.892% 99.894%

8人 99,992人 100,000人
0.008% 99.992% 100.00%

 

では、この結果から「検査で陽性と判定された人のうち、実際に感染している確率」を計算します。検査で陽性と判定される人(106人)のうち、実際に感染している人数(6人)の割合となるので、約6%となります。
つまり、感染者を70%で判定できる検査を実施したとしても、無作為にPCR検査を実施すると、陽性と判断された人のうち実際に感染している人は6%しかいないという事となります。

これが検査陽性のパラドックスです。

もし、無作為に検査を実施し、その陽性の判定が出た人に対応していくとなると、現在の医療体制では現実的には難しいと考えられます。
この場合、本当に対応が必要な重症患者に十分な医療が提供できなくなります。

では、このような事態を防ぐためにはどうすればいいでしょうか。
その一つの対策として、日本の対応のように疑わしい対象者だけに絞って検査をする事が考えられます。明らかに非感染者である者を検査対象から除くことにより、検査対象者に占める感染者の割合を引き上げることができます。

例えば、無作為に10万人に検査を行うのではなく、一定の症状のある1万人に絞り込むことで、検査対象者における感染数の割合を0.008%から5%に引き上げることができたと想定します。(表3参照)
この時、検査で陽性と判定された人(360人)のうち、実際に感染している人数(350人)の割合を計算すると、その割合は98%まで引きあがります。
つまり、検査対象者を絞り込むことで検査の精度を上げることができます。
重傷者を優先的に対応していこうとすれば、その検査実施の現在の対応は一定の合理性があると言えるでしょう。

この「検査陽性のパラドックス」は日本全国民の中で絶対数が少ない感染者を無作為に検査で特定しようとしていることに起因しています。
もし、検査の有効性を担保しようとするならば、一定の基準を設けていく事が必要であるというのが「検査陽性のパラドックス」からの示唆だと言えます。
ただし、現在の状況では、かなり疑わしい状況であっても検査を受けられないという声があるようで、政府も検査体制の充実を図っていく事を宣言しています。その場合であっても、無作為でなく引き続き一定の要件を設けつつ、その検査実施基準を現状より緩和していく事が現実的な対応と言えるでしょう。


表3

    コロナウイルスへの感染
    感染している 感染していない 合計





350人 10人 360人
3.500% 0.095% 3.595%

150人 9,491人 9,641人
1.500% 94.905% 96.405%

500人 9,500人 10,000人
5.000% 95.000% 100.00%


※ 本記事は2020年4月9日時点の情報に基づき作成しています。また、本記事ではPCR検査の有効性を医学的視点でなく、あくまで数学的視点から評価するために、一定の前提を置いたうえで検証しております。そのため、その前提が実態と相違している場合には結果が変わってくる場合がありますこと、ご留意ください。

著者
寺澤 恭輔

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