困難に立ち向かう力に - マーサーのハードシップデータ 

22 4月 2020

マーサーが2018年に実施した「海外派遣規程及び福利厚生制度調査」によると、回答482社のうち89%が海外赴任者の給与体系として「購買力補償方式」を採用しています。「購買力補償方式」は海外赴任者が任地で支出する生計費において、国内勤務者・海外赴任者間の公平性が保ちやすく、国内外で広く普及している海外赴任者処遇のコンセプトです。しかし、ここには生活環境の違いからくる海外赴任者の負担は勘案されていません。

アフリカのある都市を出張で訪れた時のことです。その都市にある海外赴任者居住エリアには、いたるところに清潔で設備の整った店舗を有するショッピングモールがありました。「購買」という観点から言うと、日本にいるよりもよほど便利で快適なのではないかとさえ思える状況で、物資もサービスも選択肢が豊富にあり町は活気にあふれていました。

しかし、そのショッピングモールの敷地は、全体が有刺鉄線付きの高い塀で囲まれており、出入り口には銃と思しきものを肩から下げた何人もの警備員が目を光らせています。町なかでちょっとした飲み物を買いにスーパーに入店してボディチェックを受けることもしばしばでした。世界的なスポーツイベントを機に整備されたという町は美しく整っており、交通渋滞もほとんどないということでしたが、信号待ちで物乞いがしつこく話しかけてきたり車内をのぞき込まれたりすることもあり、運転手付きの車での移動でも片時も緊張感を忘れることはできませんでした。 

こうした緊張感や不便は、「購買力補償方式」では勘案されません。都市によっては物資の調達そのものに困難が伴う場合もあるでしょうし、せっかく帯同した家族が日本にいた時と同じように平穏な生活を送ることが難しい状況もあるでしょう。これらはいずれも生計費差額の支給で補償できるものではありません。

では、どのように補償するのでしょうか。

一般的には「ハードシップ手当」を通じて補償されます。前述の調査によると、回答を寄せた全企業のうち76%が、「ハードシップ手当」を支給しており、「支給を検討している」または「現在は支給対象となる赴任者がいないが制度はある」といった回答を含めるとその割合は85%に上ります。この数字から、生活環境差からくる負担もしっかりと処遇したい、とする日本企業の姿勢が伺えます。

しかし、どういう状態を負担に感じるかは個々人の感覚によるため、ハードシップ手当を「どこ」に「どのぐらい」支払うかを決めることは、困難が伴います。

そうした困難を解決すべく、マーサーは「ハードシップデータ」を提供しています。

データの種類は様々で、任地の生活環境を絶対評価で評価するもの、あるいは海外赴任者の本国と任地との相対評価で評価するもの、また評価項目に日本食材や日本人学校の有無、日本語の通じる医療機関の有無を含むものもあります。「日本人世界生活環境レポート」などがそれに該当します。

いずれのハードシップデータも、海外赴任者の安全、そして文化的な生活の維持が可能かという点が加味されており、任地の生活の質が、比較したい対象、たとえば日本と、どの程度違うのかという観点で各ハードシップ項目*を評価しています。

*ハードシップ項目の一例(データにより異なります)
政治環境…治安、犯罪、国際関係、出入国規制など
経済環境…外貨両替規制、銀行サービスなど
社会文化的環境…個人の自由の制限、メディアへの検閲など
医療・衛生環境…病院、医薬品、感染症、上下水道、大気汚染の状況など
教育施設、公共サービス、生活物資調達環境、住宅や住環境、自然環境 その他

ところで「ハードシップ手当を支給している」と回答を寄せた企業のうち、設定の根拠に「コンサルティング会社の情報」を利用していたのは70%でしたが、その8割が定期的な見直しをしていました。このうちの7割を超える企業は「毎年見直しを行う」としています。
いっぽう「自社独自の評価」「他社の動向」「外務省の海外安全情報など公共機関の情報」といった手段のみを利用する企業では、「毎年見直しを行う」とする回答は2割にも満たず、6割を超える企業は「定期的な見直しは行っていない」「ハードシップ手当設定当初から見直したことはない」としています。

マーサーが提供しているハードシップデータは、いずれも毎年評価をし直しています。世界中どこの都市であっても、経済活動の中で人間が暮らしている以上、状況が不変ということはあり得ません。自然災害にしても、常に予測の範囲内ということはありません。重要なのは、海外赴任者が置かれている環境を送りだしている側がタイムリーに把握しており、必要に応じ適切な対応をタイムリーに実施できることだと考えます。

また、マーサーのハードシップデータのいくつかは、年にただ一度評価をするのではなく、状況の変化に応じて更新しています。さらにデータご購入者に対して、時には手当内容を見直すよう提案を添えた情報も発信しています。

世界中に多くの患者と死者を発生させ、都市機能も経済活動もすっかり麻痺させるまでになった新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対しての考察を、マーサーが最初に発信したのは、WHOがこの感染症が世界的な大流行(パンデミック)となったと宣言するよりも一か月以上も前のことでした。マーサーは国際機関の逡巡を待つことなく、独自の情報収集網により、状況の深刻さと海外赴任者を取り巻く環境の変化をとらえ、海外赴任者のハードシップに関する情報を遅滞なく提供しています。

この状況がいつまで続くのか、先が見えない事態に対処することは容易ではありません。マーサーは、こうした前例のない状況に対しても、皆様が最善の解を検討するための一助となるべく、グローバル・日本国内において複数回にわたりスナップショットサーベイを実施し、その結果を公表しています。

海外赴任者が置かれている生活環境に対する処遇方針を、再考する契機となれば幸いです。

著者
船本 陽子

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