ジョブ型雇用におけるエンゲージメントの意義 

04 12月 2020

日本企業のエンゲージメントの傾向

近年、注目されている概念にエンゲージメントがある。英語では「制約、約束、契約」などの意味をもつ言葉であるが、人事領域では「企業と社員が相互に提供する価値に合意し、社員の自発的な貢献意欲が高まっている状態を示す概念」といえる。このエンゲージメントだが、日本企業はグローバル企業と比較して全体的に低い傾向がある。マーサーが提供するエンゲージメントサーベイ「SIROTA」を見ても、「自分には、会社の成功を支援するために通常期待される以上のことをしようという熱意がある」をはじめとした、エンゲージメントを直接的に測定する6つの設問全てにおいて、日本全産業平均はグローバル全産業平均下回る結果となる。

このような状況の背景に、メンバーシップ型雇用では、エンゲージメントが本質的にそれほど重要視されないことがある。まず、人材の出入りが少ないため、人材を惹きつけることの優先順位が下がる。出入りが前提であれば、人材を惹きつけられなければ人的リソース不足に繋がり、ビジネスオペレーションに大きく影響する。しかし、出入りがない場合は、パフォーマンスや生産性への影響は懸念されるものの、深刻度は下がる。また、「相互に提供する価値に合意」する概念がなじまない。メンバーシップ型は、「従事する業務≒キャリア」をはじめ、社員に提供する価値を企業側が決めるモデルであり、「相互に合意」している状況が条件とはならないためだ。結果として、エンゲージメントの優先順位は下がり、その向上に向けた投資が進まないことが、エンゲージメントサーベイの結果に表れていると推察される。

ジョブ型雇用がもたらす変化

ジョブ型雇用の時代に状況は変化する。まず、人材の出入りが前提となるため、継続的に社員を惹きつける重要性が高まる。また、「従事する業務≒キャリア」をはじめ、会社と社員の間で相互に提供する価値の合意に向けて、企業は社員への訴求価値、すなわちEmployee Value Proposition(以下、EVP)を明示する必要がある。その活動を通じて、エンゲージメントが高まらない場合は、人材が流出し、企業活動に深刻な影響を与えることが懸念される。マーサーでは、EVPを処遇(契約面)、キャリア・生活の質(経験面)、目的意識(感情面)のフレームワークで整理している。本フレームワークに基づき、ジョブ型雇用で重要となる、エンゲージメントに関わる取り組みについてご紹介したい。

 

ジョブ型雇用で必要なエンゲージメントに関わる取り組み

処遇:企業は労働市場の報酬水準をベンチマークし、社内で同じ仕事であれば同程度の水準とするなど社員に対する説明性を高め、外部競争力と内部公平性を両立させる。メンバーシップ型雇用との大きな違いは外部競争力への注力であり、そのためのジョブの定義、労働市場の報酬水準のベンチマークである。

キャリア・生活の質:企業は、ユニークな経験を社員に提示し、自社の魅力を感じてもらう。メンバーシップ型雇用との大きな違いは、キャリアについて会社と社員の合意に基づき決定する点だ。原則として、会社主導のゼネラルローテーションは廃止し、ジョブポスティング等の仕組みを整えることが有効である。その結果、ジョブをまたぐ異動が減り、高い視座・広い視野を持った経営人材等が育ちにくくなることが懸念される。そのため、サクセッションプランの仕組みを整え、選抜した人材を機能、事業、地域をまたぐ戦略的なアサイメント等を行い育成することが求められる。

目的意識:会社の果たすべき使命、社会・顧客に提供している価値、そのために社員に求める行動様式などを明示する。メンバーシップ型雇用との違いは形式知化とその浸透施策が重要になる点である。メンバーシップ型雇用では、新卒一括採用した人材を、同じ時間・空間を共有することで同質性を形成し、帰属意識を醸成する中で目的意識の浸透を実現してきた。しかしながら、ジョブ型雇用では出入りが前提となり、人材の多様性は高まる。そのような状況下では、時間を掛けた暗黙的な目的意識の訴求は、企業と社員の認識の不一致につながり、適切な相互の合意の実現が難しくなる。その解決に向けては、形式知化、さらには採用時に惹きつけるだけでなくその後のリテンション、そして継続的な浸透施策が必要となる。そのためには、多くの日本企業でお題目になりがちな企業理念、行動指針等について、改めてその意味やビジネス文脈での価値を再定義し、社員とのコミュニケーションの場等を増やすことが有効だ。

ジョブ型雇用においては、人事制度、人材フロー(採用、配置・異動、教育 等)、人事運営など仕組み面に注目しがちだが、それだけでは効果を最大化するには不十分である。本コラムで述べたEVPの枠組みで社員への訴求価値を総合的に組み立てながら、エンゲージメントを高めていくことも、合わせて検討することが必要といえる。

著者
金井 恭太郎

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