ニューノーマル下でのオンボーディング 

05 4月 2021

2021年春、新入社員と働き方の変化

2021年3月21日、首都圏の1都3県の緊急事態宣言が解除された。4月は日本の多くの企業が新入社員を迎える時期である。昨年は新型コロナウイルス感染拡大のため、入社式も急遽中止を迫られた企業が多かったが、今年は対策をとりつつ対面で実施する企業も少なくはないだろう。不透明な環境下でも将来に期待し、厳選して採用した新たな仲間と直接対面できるのは、受け入れ側にとっても背筋が伸び、会社への帰属意識が高まる瞬間である。

一方で、コロナ前と比較すると、新入社員と既存社員が離れた場所や異なる時間帯で働く企業は増えるのではないか。マーサーが実施した調査でも、調査対象企業等による差異はあるものの多くの企業がリモートワークを恒常的に導入すると答えている*

*2021年2月9日にマーサージャパンが発表した「リモートワーク制度化に当たっての労務・手当・福利厚生対応に関するスナップショットサーベイ」の結果(回答企業数: 320社)によると、回答企業のうち83%(263社)が、リモートワークをコロナ禍における一時的な対応でなく、働き方改革推進の一環として恒常的導入を予定していると回答(調査期間:2020年12月10日~25日)。同サーベイでは、「リモートワーク実施にあたり課題点となっていることは何ですか?(複数回答)」という問いに対して、88%(278件)が、コミュニケーション不足・社員の孤立と回答しており、リモートでのコミュニケーションに問題意識が強いことも明らかとなった。

コロナ危機を契機に自社の働き方が大きく変わり、この1年でリモートワークが標準になった企業も多いこのタイミングで、改めてニューノーマル下でのオンボーディングについて考えてみたい。

 

組織がオンボーディングで注力すべき3大要素

企業が場所や時間に捕らわれない柔軟な働き方を認め、個人が自律的に自らの働き方を選択していくニューノーマル時代。特に、リモートワークが恒常化する中、新入社員をうまく受入れ適応させるには工夫が必要だ。

筆者は、リモートワーク下のオンボーディングで大切になるのは、コミュニケーション機会のデザイン、受け入れ側のプロアクティブアクション、ワークスタイルに関するポリシーやガイドライン整備の3つであると考える。

1. コミュニケーション機会のデザイン

リモートワークでは、情報はデジタル経由で言語情報が中心となり接点も減るため、お互いの様子が掴みづらくなる。オフィスであれば気軽にコミュニケーションが取れるため、顔色や雰囲気などの非言語情報も含めて相互に様子を把握しやすいが、何もしなければ職場内に流通する情報の質・量は劣化する。また、人によって孤独感や焦燥感、不安感を感じやすくなるため、メンタルヘルスのリスクも高まる。

オンボーディング施策を設計する管理者や人事部門は、今まで以上に新入社員が縦・横・斜め(上司・同僚・他部署)の人間関係を構築する機会を意図的に設計することが肝要である。メンターやコーチをつけて対話の場を設けたり、朝礼や夕礼、ランチの場を活用したりしても良いだろう。話す内容は当たり障りのない内容でも構わない。短時間でも良いので、むしろ初期は仕事の内容や進捗よりも、お互いが何をどう感じ考えているかを雑談も含め伝え合うことが重要だ。その積み重ねから、信頼感や安心感が生まれる。まずはコミュニケーションの量(頻度)を担保することで、心理的安全性を築くことが優先される。

2. 受け入れ側のプロアクティブアクション

次に必要なのが、受け入れ側の能動的な姿勢・行動(プロアクティブアクション)である。リモートワークでは、余計な邪魔は入りづらい一方、偶発的な発見や出会いは減り、人によっては孤独を感じる。このようなデメリットをできる限り排除するために、受け入れ側には何がより求められるだろうか。

まず、オンボーディングに有効な情報を整理し、明示的に伝えることだ。これまで暗黙知も含めて職場で学習していた要素を形式知し、働く時間や場所が異なる業務環境下でもキャッチアップできるようにする。内容は、人的ネットワークの構築、組織文化・規範の理解、職務や役割の知識・スキル習得、アンラーニング(学習棄却)に資するものを意識すると良い(一般的に、これら要素は新しい組織に適応するために必要といわれる)。例えば、各部署のメンバー構成や役割、連絡先、日常的に使用するITツールや書類フォーム、会議体や業務・勤怠管理の運用ルール、業務に役立つ情報の格納先、スキルマップや社内学習ツール、自社のミッション・ビジョン・バリューの解釈を深める資料などをプロアクティブに示していくのである。

さらに、現状把握、目標設定、モニタリング・フォロー、評価・フィードバックといった一連のマネジメントプロセス全てにおいて、今まで以上に新入社員へ能動的に関与すること(プロアクティブアクション)が肝心だ。具体的には、業務環境やコンディションの把握とケア、共通のビジョンや目的(パーパス)の提示、期待する成果およびタスクの明確な指示出し(ローコンテクストを前提とした説明力)、頻回な進捗フォローとフィードバックなどの強化が求められる。受け入れ側は、個の力量だけでは対応しきれない部分もあるので、チャットやオンライン会議ツールをはじめとしたリアルタイムのやりとりができるITテクノロジーを活用して、チームの一体感を醸成していくこともポイントだ。

これらの要素は決して目新しいものではない。特に管理者であれば、日常的に行っているものである。コロナ禍の1年、予想以上にリモート業務・マネジメントが円滑にできたという感覚の方も多いだろう。筆者もその一人である。ただし、それはこれまで多くのコンテクストを共有し、信頼関係構築済みの既存社員間の協業が主だからであり、オンボーディングはより注意すべきだ。

大前提として、新入社員は組織参入時は圧倒的に「不確実性」の中に存在している。既存社員にとって自明なことも何一つ自明ではなく、不安に陥りやすい。オフィスの対面勤務であれば、場の雰囲気や他者の様子から察知したり、代理経験的に学習できた情報がリモート下ではそうはいかない。彼らは、今まで以上に「情報弱者」の立場にある。だからこそ、まずは受け入れ側から情報を提供し、能動的に関わっていく姿勢・行動が求められる。もちろん新入社員側の能動的な姿勢・行動やベースとなるセルフマネジメント力も大切だ。しかし、新入社員側の自発的行動は、受け入れ側からの呼び水があることで現出することは改めて強調しておきたい。

3. ワークスタイルに関するポリシーやガイドラインの整備

最後に取り上げるのは、リモート時代であるからこその「行動様式」いわば「お作法」の標準化である。例えば、会議の冒頭にあえてショートトークを行う「チェックイン」という取り組みはご存知だろうか。参加者一人ひとりが、現在の自分の状態や会議に対して思っている所感を共有することで、会議への課題意識の共有や議論の活性化につなげる。筆者の周りでも、このような会議での行動様式を会社の標準的なスタイルとして定式化させ、浸透させる企業が増えている。

外資系企業でも独自の文化を持つ企業として有名なアマゾンでは、創業者のジェフ・ベゾス氏が大の「パワーポイント嫌い」としても知られ、社内の文書はドキュメント(文章)主義を徹底している。他にも、資料の枚数は最大6枚まで。最初の20分は全員が資料を読み込む、議論すべきは「顧客への価値のみ」など社内会議の5か条が浸透しているが、それも一つの定式化の例であろう(同社の場合は、コロナ禍以前からの取り組み)。こういった共通の「様式」や「ルーチン」を設定することで、一人ひとりの業務環境が違う中でも、皆が落ち着いて議論を始められる共通環境をリモート下で素早く設定することができる。

ニューノーマルを意識しての人事諸制度や人事ポリシーの改定の動きの中で自社の勤怠管理や労務管理のルール、評価制度の運用方法、活用するITツールなどを整備する企業は増えているが、制度やシステムなどハードな要素に留まり、あとは現場マネジャー任せの企業も多いのではないだろうか。会議の進め方など、各種ワークスタイル・働き方について、会社として是とするガイドラインについて協議し、より粒度細かく整備することが、新入社員もキャッチアップしやすく、組織への適応スピードをより早める効果があると考える。

 

最後に、本コラムを執筆したのは3月21日だが、政府では東京オリンピックの開催が前向きに推し進められているようだ。一方で、フランスなど諸外国では3度目のロックダウンが行われるなど、不透明な世相は依然続いている。確かなことは、2021年1月の世界経済フォーラム・ダボス会議の共通テーマが「グレート・リセット」であったように、世の潮流は決してコロナ前に戻ろうとする「グレート・リターン」ではないということである。筆者も、未曽有の危機を機会と捉え、オンボーディング施策も柔軟に進化させていくことで、自社やクライアント企業の組織・人材力を高めていきたいと考えている。「ビジネスパーソンの成長は最初の3年で決まる」という言葉もあるように、特に新卒社員の育成に関わる者は、その後の社会人人生を大きく左右するほどの影響力を持っている。その意義と誇りを忘れずに、何がこれまでと異なるのかを意識した上で新しいメンバーを迎え入れたい。

 

【本コラムにおける言葉の定義と補足事項】

  • ニューノーマル:企業が場所や時間にとらわれない柔軟な働き方を認め、個人が自律的に自らの働き方を選択していく状態
  • オンボーディング:新入社員が早期に組織に適応し、パフォーマンスを発揮できるようにするための施策
  • リモートワークは:時間や場所に縛られない働き方
  • 一般的に新しい社員が組織に適応するため(組織社会化)の要素:中原 淳(2012). 経営学習論:人材育成を科学する 東京大学出版会、中原 淳(2014). 職場学習の探求 - 企業人の成長を考える実証研究 生産性出版より筆者抽出
著者
黒澤 俊平

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