事業再編の人事的意義~従業員の立場から、ベストオーナーを考える~ 

07 6月 2021

ベストオーナーとは、事業と人を含む経営資源を最も輝かせることができ、中長期的な企業価値向上に資する経営主体のことである

クライアントの組織・人事変革をご支援する中、筆者の体感として事業再編に関わるご支援のニーズが高まっていると感じる。なお、本稿で事業再編とは、複数の事業セグメントを有する企業がコア事業とノンコア事業を定義し、ノンコア事業を売却することで資金を確保し、コア事業を追加投資や買収によって強化する一連のプロセスを意味する。

再編を検討するにあたり、「わが社はこの事業のベストオーナーか?」が重要な問いになるが、ベストオーナーとは、経済産業省が策定・公表した「事業再編実務指針1」や「グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針2」でも紹介されているように、当該事業の価値を中長期的に最大化することが期待される経営主体を指す。

すなわち、事業単体の収益性や成長性に関わらず、自社グループにとって競合優位性を有する事業でないなどの理由で十分な経営資源が投入されにくい場合や資本コストを上回る収益力が見込まれない場合は、当該事業のベストオーナーではないと考えられる。

1) 事業再編実務指針: 2020年7月31日に経済産業省より策定・公表
2) グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針: 2019年6月28日に経済産業省より策定・公表

事業売却はネガティブな行為ではなく、むしろベストオーナーの下へ移ることにより、事業と人に今まで以上にスポットライトが当たる

事業再編において、コア事業、つまり自社がベストオーナーである事業を強化するための買収・統合であれば、業績が好調な事業をさらに強化するためのポジティブな行為と受け取られるであろう。他方で、ノンコア事業の整理のための事業売却となると、業績が芳しくない事業を苦渋の決断で売却して長年勤めた従業員と離れることになる等、ネガティブなイメージを持たれていると感じることがある。

ここで事業再編の人事的意義に目を向けてみる。

事業の価値を最大化できるベストオーナーの下へ移ることにより、当該事業の従業員は報酬としてその利益を享受でき、必要な経営資源が人的資本へ投下される。例えば、従来よりも充実した教育研修・職場環境・人事制度/システム等が期待され、必ずしもネガティブな行為には映らないように思える。

メンバーシップ型の雇用システムに基づく多くの日本企業では、ジョブ(職務内容)と個人の結び付きが弱く、会社組織と個人の結び付きが強いという特徴があるため、会社が事業およびその従業員を切り離すことに抵抗感があると考えられる。

しかし、昨今のジョブ型3の雇用システムのトレンドも示すように、個人が会社にではなくジョブに帰属しキャリア自律が高まり、複数の会社で働くケースが多く見られるようになってきた。ベストオーナーの考え方や上述のトレンドを踏まえると、従業員にとっても事業再編を通じてベストオーナーの下へ移り変わることは必ずしも悪いことではなく、むしろ今まで以上に経営資源が投下され、スポットライトが当たり、さらに活躍する機会とも捉えられる。

3) ジョブ型雇用: マーサーHP特設サイト参照

人事担当者として事業売却を実行する際は、確認事項を予め把握し、先手を打って動くことが求められる

前段では、事業再編は従業員にとっても必ずしもネガティブなことばかりではないことを説明した。ただ、実務的には留意すべき点があり、そのポイントを紹介する。本稿で詳細に言及することは避けるが、人事担当者として確認すべき事項の例として以下のような項目がある。

  • 再編手法
    会社法および労働契約承継法上、従業員説明や労使合意等の定められた手続きを要する取引ストラクチャー(会社分割や事業譲渡等)があるため、法務部門とも連携しつつ実施すべき事項のスケジュールを早期に立案する
  • 契約内容
    役職員に安心感を与え、より前向きに捉えてもらうためにも、処遇内容に急激な変化が生じないように配慮が必要である。特に取引前後の人員整理や報酬制度改定の計画の有無を売手側は確認し、必要に応じて契約書の文言に落とし込むことも考えられる
    ※再編に伴う法的手続きと同様に、契約に係る助言は法律事務所へ照会されることを推奨する
  • 再編に伴う費用
    売り手側として負担し得るのは、TSA4を要請された場合のサービスの費用、セキュリティ上ファイアウォールが必要な場合の追加設定の費用、リテンション/サイニングボーナスの費用等が存在する。特に、年金やシステム周りにおいては追加費用の有無に留意いただきたい
  • 関係者への説明/コミュニケーション内容
    「ベストオーナー」のコンセプトを用いつつ、当該再編が決してネガティブなものではないことを一連のストーリーの中で伝えること、対象事業におけるキーパーソン(例えば、従業員が「この人の言うことだったら信頼できる」と言うような人)を早期に巻き込んでいくことが重要である。伝える内容については、特に仕事内容・処遇内容・勤務地の3点に変化が生じるのか否かを明らかにすることが従業員の安心感・納得感の醸成に繋がることに留意いただきたい

 

企業や取引次第で実際に検討すべき内容は異なるため、取引の経緯や再編手法、貴社が置かれている状況に応じて個別具体的な検討が必要である。しかし、本稿を通して事業再編の人事的意義をご理解いただき、実際に同様のプロジェクトを担当される際に「Day1までは何に留意すべきか?」の概要をつかんでいただければ幸いである。

4) TSA: Transition Service Agreementの略。例えば、被売却事業の従業員は、事業売却に伴いグループ企業を脱退する際に、グループ共通のシステム・年金等を継続利用できなくなることがあるが、TSAを締結し、一定の移行期間内は従来のサービスを継続提供してもらうことがある

著者
藤井 太一

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