インドネシアの新労働法 退職給付に関わる改正 

17 6月 2021

主なポイント:

  • 国外からの投資を促進するために、インドネシア政府は2021年2月2日施行の労働法を改正した
  • 本改正は法定給付である定年・解雇給付を大きく引き下げるものであり、定年給付は最大で基本給の6.45ヵ月相当額が減少し、懲戒解雇においても支払金額も大幅に減少となった
  • インドネシアに拠点を持つ会社にとって、本改正の内容を理解し、どう対応するかにつき十分な労使協議が必要となる

 

絡まった糸如くのインドネシア法を解くオムニバス法

2020年10月5日に国民議会は雇用創出に関する2020年法第11号(RUU Cipta Kerja、通称「オムニバス法」)の法案を可決し、同年11月2日にインドネシア大統領は本法案を批准した。この新法は国際競争力を阻害してきた“まわりくどい”行政手続きを簡素化することによって、国内からだけではなく国外からの投資を促す効果を期待し、現行の81の法および8,451の政令ならびに15,965の地方規則を改正した。労働分野については、現行の労働法(労働に関する2003年法第13号、以下、「旧労働法」)を改正し1、以下の一連の政令が発布された。

  • 2021年4月1日施行:外国人の労働に関する2021年政令第34号
  • 2021年2月2日施行:有期雇用・委任・労働時間・退職に関する2021年政令第35号(以下、「GR 35/2021」)
  • 2021年2月2日施行:賃金に関する2021年政令第36号
  • 2021年2月2日施行:雇用保険に関する2021年政令第37号(以下、「GR 37/2021」)

オムニバス法案は、インドネシアのジョコ・ウィドド大統領の再選選挙運動をスタートした2019年7月から公約として掲げ、2019年10月の再選演説にその必要性が強調された。インドネシアの過度な行政手続きは国外からの投資の阻害要因となっており、国内の成長を妨げてきた一因と考えられる。これは世界銀行が発表した「ビジネスのしやすさ指数 2021年」で、インドネシアは190ヵ国中の73位2であることからも容易に想像できるだろう。また、行政手続きのまわりくどさの他、インドネシアはアジアパシフィックの中でもとても寛大な退職手当を義務付けてきた。解雇手当を多額にすることで事業主による安易な解雇を防ぐという政策意図が背景にある。それがオムニバス法案により、他国の水準並みに退職手当を減らすことができるようになった。しかし、当然ながら労働組合や野党からの反発は強いものであった。

1 “Job Creation Bill to Improve Indonesia's Economic Growth.” Sekretariat Kabinet Republik Indonesia, 27 Jan. 2020, setkab.go.id/en/job-creation-bill-to-improve-indonesias-economic-growth/.
2 “Ease of Doing Business Rankings.” World Bank, www.doingbusiness.org/en/rankings.

 

オムニバス法とGR 35/2021が退職給付に与える影響

本稿は特にGR 35/2021で規定されている退職給付に関わる法改正に焦点を当てる。事前知識としては、インドネシアにおける退職給付の法定給付は定年・解雇の退職手当(uang pesangon、以下、「会社都合退職手当」)、勤続手当(uang penghargaan masa kerja)と権利補償手当(uang penggantian hak)の3つの要素の合計である。自己都合退職時の退職手当(uang pisah、以下、「自己都合退職手当」)について強制適用でなく任意適用であるため、企業の雇用契約、社内規程、労働協約(「労働契約」)に規定される。

会社都合退職手当と勤続手当の定義は以下の通りで、この定義は今回の法改正では変更されていない。

勤続年数 会社都合退職手当 勤続年数 勤続手当
1年未満 1ヶ月基本給 3年未満 -
1年以上2年未満 2ヶ月基本給 3年以上6年未満 2ヶ月基本給
2年以上3年未満 3ヶ月基本給 6年以上9年未満 3ヶ月基本給
3年以上4年未満 4ヶ月基本給 9年以上12年未満 4ヶ月基本給
4年以上5年未満 5ヶ月基本給 12年以上15年未満 5ヶ月基本給
5年以上6年未満 6ヶ月基本給 15年以上18年未満 6ヶ月基本給
6年以上7年未満 7ヶ月基本給 18年以上21年未満 7ヶ月基本給
7年以上8年未満 8ヶ月基本給 21年以上24年未満 8ヶ月基本給
8年以上 9ヶ月基本給 24年以上 10ヶ月基本給


他方、今回の法改正で、権利補償手当に規定されていた会社都合退職手当と勤続手当の合計額の15%相当額の部分が削除された。

旧)労働法 新)オムニバス法とGR35/2021
  1. 住宅と医療補償:会社都合退職手当と勤続手当の合計額の15%相当額(それぞれの金額は退職事由別)
  2. 未取得有給の補償
  3. 帰省・帰国費用の補償
  4. その他の労働契約で定義された補償
  1.  住宅と医療補償:会社都合退職手当と勤続手当の合計額の15%相当額(それぞれの金額は退職事由別)
  2. 未取得有給の補償
  3. 帰省・帰国費用の補償
  4. その他の労働契約で定義された補償

 

自己都合退職手当は、任意であるため労働契約の規程変更は無い。

また、退職事由別に適用される支給倍率が改正されており、改正内容は下表の通りとなる。

退職事由 会社都合退職手当 勤続手当 権利補償手当
長期障害・傷病 2x 2x → 1x 1x (15% → 0%)
死亡 2x 1x 1x (15% → 0%)
定年 2x → 1.75x 1x 1x (15% → 0%)
労働契約違反に因る懲戒解雇 1x → 0.5x 1x 1x (15% → 0%)

 

具体例として、勤続24年以上の従業員が定年退職する場合の影響を計算してみる。

旧労働法での退職金額は以下の通りだ。

  • 会社都合退職手当 2×9ヶ月=18ヶ月
  • 勤続手当 1×10ヶ月=10ヶ月
  • 会社都合退職手当と勤続手当の合計の15%  15%×28ヶ月=4.2ヶ月

合計として基本給の32.2ヶ月相当額が支払われる。それに対し、オムニバス法とGR35/2021によれば下記の計算となる。

  • 会社都合退職手当 1.75×9ヶ月=15.75ヶ月
  • 勤続手当 1×10ヶ月=10ヶ月

合計として基本給の25.75ヶ月相当額が支払われる。従って、この従業員は新労働法の適用により定年退職では、基本給の6.45ヶ月分相当額の退職金が減ることになる。

一方で従業員にとってプラスの改正もある。長期障害・傷病や死亡等の他の退職事由では、当該従業員はオムニバス法で新設した社会保障制度の雇用保険(BPJS Jaminan Kehilangan Pekerjaan)からGR37/2021で規定された以下の条件を満たせば、追加給付として基本給の最大6ヵ月分相当額(上限IDR5,000,000(2021年6月現在で約4万円))が支払われることとなった。

  • インドネシアの居住者であること
  • 給付申請時に54歳未満であること
  • 事業主と労働関係を有すること(有期雇用または正社員)
  • 雇用社会保障制度(BPJS Ketenagakerjaan)と医療社会保障制度(BPJS Kesehatan)に登録してあること

上記は労働法に規定される最低金額であるため、各社が労働契約によって旧労働法の最低給付水準以上の給付を約束している場合、本法改正による影響は無い。ただし、労働契約に退職給付について明確に規定されていない場合は、GR35/2021で規定される金額に自動的に変更される。

 

今後の対応について

本法改正は2021年2月2日に既に施行されているものの、施行日以降でも労働契約に退職給付に関わる記載が無い事業主であっても人情で旧労働法に基づく給付をあえて支払っているケースも散見される。しかしながら、健全な労働関係の維持のため労働組合とよく協議の上、退職給付を決めることが重要と考え、必要に応じて労働契約に明確に規定しておくことを推奨する。

また、今まで多くの事業主は労働契約に自己都合退職手当のみ定義しており、その金額は旧労働法の会社都合退職手当に沿うように設計されてきた。会社都合退職手当については労働契約に記載せず法令で定めた最低金額に則ることが多い。ただ、今般の新労働法を適用した場合、自己都合退職手当の金額が会社都合退職手当を上回るという不自然な制度となる可能性が生じる。自己都合退職手当についても、新旧いずれの労働法に合わせるか、労働組合との協議が必要となるだろう。

著者
リー・マイケル

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