コロナ禍を通じて考える海外派遣者処遇のこれから -海外派遣規程および福利厚生制度調査2021のリリースにあたって- 

02 8月 2021

2020年12月に英国で世界初のワクチン接種がスタートした。ワクチン接種の拡大によりコロナ禍の鎮静化が期待されているが、接種状況の差や新たな変異株の蔓延により、いまだ混乱の最中にある国もある。海外派遣者を日本に一時帰国させているケース、帰任させたケース、逆にこれから送り出すケースなど、派遣先によって各社の状況は様々であろうと推察するが、混乱の最中でも海外勤務を継続している派遣者が多くいることは事実だ。

マーサーではこの度、海外派遣規程および福利厚生制度調査の最新版となる2021年版の結果レポートをリリースした(調査期間:2021年1月から5月、調査参加企業:377社)。2年に一度、日本企業を対象に海外派遣者に関わる人事・給与・福利厚生制度を調査したもので、日本企業の動向を幅広く確認いただける貴重なプラクティスデータとなる。今回のコラムを通じて、その調査から得られた最近の動向を派遣者側の目線と共に紹介し、コロナ禍を踏まえ海外派遣者処遇を再考されたい企業に対し、その一助になることを望む。

 

コロナ禍における海外派遣者の不安

筆者は2018年の夏から配偶者の海外赴任に伴い、子供を帯同してアメリカ中西部の都市に約2年半滞在していた。現地生活が2年目の半ばに差し掛かり、落ち着いた生活を送っていた最中に、新型コロナウイルスのニュースが舞い込んだ。当初はそこまで大事だと感じておらず、その1カ月後にまさかこの世界が激変することになるとは、想像すらできなかった。その後、アメリカ国内の感染者数は増加の一途を辿り、瞬く間に日本への渡航も難しくなり、日本にいる大切な人たちに何かが起こってもすぐに会いに行くことができない。それまで感じたことのない不安に襲われたことは、今も忘れられない。

そのような状況下で懸念事項は多岐にわたったが、中でも特に大きかったものとして、日本への一時帰国、物資の確保、医療などが挙げられる。ウイルスの感染拡大が止まない中、予定していた日本への一時帰国は諦めざるを得ず、一時帰国時に調達しようと思っていた物資の調達も叶わなくなった。また、日本で入手しようとしていたのは食料品や日用品だけでなく、コロナウイルスの拡大によって現地校ではオンライン学習がスタートしたものの、授業内容に不安があり入手したいと考えていた子供の学習教材も含まれていた。そして何より、まだ治療法すら明確になっていない新しいウイルスに万が一感染してしまった場合に、安心して治療が受けられるのか、費用はどうなるのかと、かなりのストレスとなっていたと思う。

 

一時帰国の意味合いと傾向

ここで、本調査における一時帰国の取得回数を見てみると、家族帯同の場合、「1年に1回」とする企業が最も多く、6割を超えていた。2016年の同調査では、「1年に1回」と回答した企業は5割を切っており、「2年に1回」とする企業とほぼ同じ割合であったことから、ここ数年で一時帰国の回数を増やした企業が一定数あったということになる。単身赴任の場合でも、「1年に1回」とする企業が多数であるものの、「半年に1回」と回答した企業が2016年の調査時よりも約1割増加していた。

記載の一時帰国の取得回数に関するデータは、本コラム用に編集した。2021レポート上は、回答いただいた取得回数のMedianおよび25th Percentile, 75th Percentileのみの記載としている

 

海外派遣者にとって一時帰国は、動機付け要因であるとともに計画的な物資調達の手段であり、「日本に定期的に帰国できる」という安心感を得るものでもある。今回筆者は海外でコロナ禍を経験し、改めてその意義を実感した。それゆえに、日本企業にその頻度を増やす傾向があることに合理性を感じた。

なお、まだ割合として5%と大きくはないものの、「一時帰国時の費用を手当化している」、もしくは「手当化を検討している」と回答した企業も見られた。権利の用途の自由度を高め、派遣者のニーズの多様化に応えようとする企業の姿勢が伺える結果となったといえる。今般のようなコロナ禍で一時帰国を見送らざるを得ないケースにおいても、手当であれば、派遣者自身の裁量でその用途を決定できるというメリットがあると感じられる。

 

物資送付サービスの効果

また、今回の調査結果で「日本からの物資送付サービスを行う」と回答している企業は6割を占め「導入を検討中」とした企業もあった。新型コロナウイルス拡大の影響により、国によっては一時的に輸入品が入手しづらくなったこともあったと推察する。そのような中で、一時的に国際郵便等のサービスが停止されていた地域はあるものの、物資送付サービスは派遣者にとっては有益なサポートとなる。実際に筆者も、コロナ禍に入ってから配偶者の会社から付与されているこのサービスを複数回利用した。手元に届くまでにある程度の時間が掛かり割高だが、遠方まで出かけることなく日本の日用品や書籍が確実に入手できたのは非常に助かった。

派遣先によっては、日本の物資調達のために隣国への買い出しが必要な地域もあることを考えると、手当という金銭的な補償や一時帰国の回数を増やすということが難しい企業の場合は、このようなサポートを検討することも一案となる。

 

現行医療支援の限界と今後の対応

医療面に関しては、今回の調査結果では2016年、および2018年同調査から傾向は大きく変わらず、ほとんどの企業が「日本の健康保険を継続」している。また、本調査の設問には無いが、海外旅行傷害保険で対応している企業も多くある。海外で生活していた筆者の目線からすると、新型コロナウイルスという未知の驚異を前に、日本の健康保険と海外旅行傷害保険では、病院の確保、ワクチンの費用、隔離時の家族のサポート等に大きな不安があり、これまでも海外で生活することで漠然として持っていた医療面に対する不安が、今回のコロナ禍で輪郭をもって目の前に迫ってきたような感覚だった。

なお、今回の調査で「新型コロナウイルスの感染拡大を受けて派遣者の医療面での保障の拡充を検討しているか」という設問を追加したところ、「検討をしている」、もしくは「検討を予定している」と回答した企業は4割を超える結果となった。企業が医療面での保障拡充を喫緊の検討課題として認識されていることが伺える。

マーサーでも、コロナ禍で顕在化した課題を解決するべく「グローバル医療保険」へのお問合せが増えた。コロナ禍で世界中が医療に対する不安を抱える中、この流れは当然のことである。

 

海外派遣者処遇の今後に向けて

本調査結果で、かねてより少しずつ福利厚生面での補償の拡充が検討されつつあったことは分かるが、今般のコロナ禍を通してその見直しが喫緊の課題となって浮かび上がった。

派遣者本人とその家族が安心して任地での生活を送り、仕事に集中できる環境があって初めて派遣者として経験の付加価値は高まる。そして、派遣者としての成功体験が、帰国後、本国での勤務に対するモチベーションに影響することは間違いない。海外派遣者は、今もまだ先行き不透明な中で勤務にあたり、その処遇に関わる企業の人事部門のご苦労も大きいと推察する。しかし、その中で見えてきた課題を先送りにしていると、再度予期できなかった事態が発生した際に、より大きな混乱が起こることは容易に想像できる。

未曽有な状況下、本調査結果レポートをその議論の糸口として、派遣者の処遇や、緊急時も想定した福利厚生制度の中身について、各社でより具体的な検討が進むことを切に望む。

海外派遣規程および福利厚生制度調査レポート2021」の詳細も併せてご確認いただきたい。

著者
大城 未亜

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