企業カルチャー統合のアプローチ 

08 8月 2022

PMIにおけるカルチャー統合の重要性

企業カルチャーに関して、ドラッカーは “Culture eats strategy for breakfast” という有名な言葉を残した。戦略が成功裡に実行されるためには、それに適合したカルチャーを有する必要があることを説いている。マーサーが2018年度に実施したカルチャーに関する調査では、回答者の30%がカルチャーの問題に起因して当初期待していた買収後の業績目標の達成が実現できなかったと答え、67%がシナジー創出に遅延が生じたと回答した。M&Aにおいてもカルチャーへの対処が成否を分ける要因となっていることが分かる。

PMIでは、買収対象会社の自然体での予定成長を超える業績の実現を目指すことになる。ディールの目的に応じて新たな中長期の事業戦略や業績目標を設定し、生産性の向上やシナジーの創出を狙いとして、事業や組織の統合が計画される。マーサーではカルチャーを “Operating Environment”(事業遂行環境)と定義(図1)しているが、PMIを通じて対象事業の「事業を遂行する目的・目標」や「事業・組織の構造」を変えるのであれば、「事業を遂行する環境」の全体像を見直し最適なものにつくり変えていくカルチャー統合の取り組みをセットで実施することは必然ともいえる。

 

図1. マーサーのカルチャーフレームワーク

10 dimensions of the Operating Environment

 

ただし、カルチャーを統合するといっても、リーダーシップスタイル、コミュニケーションスタイルやワークプロセスといった暗黙的に形成される要素も大きいため、制度やシステム等と違い、ある時点で全面的に切り替えるということは現実的に難しい。また、買い手と対象事業組織が有するカルチャーのギャップについても考慮する必要がある。よって、両社のギャップを正しく認識した上で、ディールの目的・目標を達成するための統合後の事業遂行環境として「変える必要があるもの」を特定し、目指す方向に変えていくためのアクションプランを立案・実行していくことが、カルチャー統合のプラクティカルなアプローチとなる。

 

図2. カルチャー統合のアプローチ

Step 1:前提の確認(ディールの目的・目標達成に向けた経営モデルの言語化と共有)

「そもそもなぜカルチャーを変える必要があるのか?」

インタビューやワークショップにおいて社員から、あるいはトップからもよく尋ねられる質問である。ディールの目的・目標を達成するための統合後の事業遂行環境として変える必要があるからだ、と説明するのだが、実はその目的や業績目標についての認識が揃っていないケースも多い。関係者がカルチャー統合に取り組む上での前提として共通の認識を持てるように、これらの点は明確に言語化・共有しておかなければならない。

また、PMIの結果として目指す経営モデル(事業・組織の統合度合い)と移行のタイムラインについても目線を合わせておきたい。買収対象の独立経営を一定期間は猶予するのか、あるいは早期に買い手の事業・組織に片寄せする企図なのかによって、カルチャーの統合度合が大きく変わるためである。逆に、デューデリジェンスの段階でカルチャーのアセスメントを実施するケースでは、その結果次第で経営モデル自体を見直す、ということはあり得るが、その場合にも初期的な仮説については確認しておきたい。

Step 2:アセスメント(カルチャー醸成の背景と両社の類似点・相違点を可視化する)

「うまく言えないが、いたるところでカルチャーが違うと感じる」という不定愁訴に対して、両社を比較し、どこにギャップがあり、何が原因なのかを診断するのが第2ステップである。具体的には、まずサーベイを活用しカルチャーの要素ごとに買収対象と買い手のカルチャーの類似点と相違点を可視化する。

このとき、各要素について現状だけではなく、理想とするカルチャーについても確認したい。両社の回答で現状にギャップがあっても、理想において一致している要素については「向いている方向は同じ」ということが確認でき、未来志向の議論に役立つ。また、インタビューやフォーカスグループにより、ギャップの程度や原因、なぜ今のカルチャーになっているのか、背景を把握する。

Step 3:プランニング(クリティカルな要素の検討と100日・中長期的計画)

このステップでは、まずリーダーシップチームの間で「どの要素をいつまでにどう変えるか」について合意を形成することを目標とする。両者のトップが集まり、アセスメント結果について共通認識をもった上で、ディールの目的と期待される業績目標を達成するために事業を遂行する環境はどう変わるべきか、という観点に立ち戻って議論していく。全ての要素について取り組むのではなく、業績目標の達成や従業員のリテンションにクリティカルな影響のある要素にフォーカスしてアイテムを決めていくことが望ましい。

組織形態のアレンジ、推奨行動の評価制度への組み込みなどハードな要素の仕組み化と、コミュニケーションやネットワーキングの機会の創出などソフトな取り組みの両面から有効なアイテムを検討する。

取り組むアイテムが決まれば、その性質と重要性をふまえて100日プランの中で取り組むものと、より長い時間軸で取り組んでいくものを峻別する。例えば、対象事業で経営理念の日々の実践が従業員の働きがいに密接に結び付いているような場合、理念を維持するにしろ、買い手の理念と沿うようにアップデートするにしろ、早期に納得のいくコミュニケーションができなければ、従業員は疑心暗鬼の状態となりリテンションに関わるリスクとなる。Day 1以降、早期に対処しておきたい事項である。一方で、積極的なリスクテイクやチャレンジを行う、というような買い手のスタイルを浸透させていくようなアクションの場合には時間を掛けて教育していくことが必要なため、中長期的に取り組んでいくものとして整理できる。

また、アイテムについて方向性と時間軸が決まり、具体的なアクションを計画していく段階においては、ミドル層のマネージャーを巻き込んでいくことも有効である。Day 1以降、現場では統合実務や通常業務を通じてカルチャー由来のジレンマがいたるところで表面化する。品質か生産性か、顧客志向か利益重視か、個人で進めるのかチームかなど、こうしたジレンマを目指すカルチャーの観点から解決をリードし行動を変えるよう促していくのはミドルマネジャーの役割となる。ミドルマネジャーにオーナーシップをもってカルチャーの変革を担ってもらうためにはプランニングの段階から関わってもらうのが有効な策となる。

Step 4:実行・定着化(従業員へのコミュニケーション)

Day 1以降、カルチャーの統合を実行していく上で、従業員へのコミュニケーションは重要である。全員に向けて、あるいは取り組みのターゲットとなる従業員グループに対して、何をどう変えるか、何が期待されるのかを明確にしてメッセージを伝達する。また、アクションのオーナーを中心として進捗のモニタリングを行っていく中でQuick Win(短期的成果)を見つけて当事者を褒賞する、全体に共有するなどの働きかけを通して変化の定着を図っていくことも重要である。

カルチャーを「事業を遂行する環境」と定義した上で見えてくるもの

「買収先のカルチャーを壊してはいけないのでスタンドアローンのままにしておく」というように、カルチャーギャップを超えられない壁、与件としてPMIを進めるケースがままあるのではないかと感じる。今回紹介したように、一見つかみどころのないカルチャーを「事業を遂行する環境」と定義し、要素毎に分析・可視化したうえで統合を計画することでPMIにおけるリスクを低減することは可能である。より強いシナジーを生み出すPMIを考える際のヒントとなれば幸いである。

 

著者
佐藤 礼隆
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