C-Suite Talk Live第15回 ベネッセホールディングス取締役副社長内永 ゆか子さん | マーサージャパン

C-Suite Talk Live第15回 ベネッセホールディングス取締役副社長内永 ゆか子さん

ライブラリ / 「経営×人・組織」視点の対談 C-Suite Talk Live / 第15回(2/4)

第15回 ベネッセホールディングス取締役副社長 ベルリッツ インターナショナル インク 代表取締役会長兼 社長兼 CEO 内永 ゆか子さん
Calendar2010/02/23

好むと好まざるとに関わらず・・・

古森こういう話をすると、問題のある現実が色々と見えてきます。実際、問題に気づいている人が大勢います。でも、やはり相当な切迫感だとか、危機そのものに個人として直面しないと、本腰を入れて「グローバル」なるものをとらえ、それに向けて刻苦勉励していくという動きは起きにくいように思います。

内永 既に身近なところにたくさん「グローバル」のもたらす危機は存在していますよね。例えば、新型インフルエンザ。当初は水際作戦にすごい力を入れていましたが、結局、入ってくるのを防ぐのは無理だったわけですね。我々が意識する以上に、もう止めようのないほど色々なものが世界中を駆け巡っているということ。

古森 “Global”って、言葉の語感を平たく言えば、「まぁるい」ということですよね。まぁるい地球を、色んなものがどんどん行き来する。混ざり合う。それが「グローバル」という言葉の心象風景。インフルエンザも、情報も、モノも、カネも、そして人も、どんどん動いて混ざっていく。

内永好むと好まざるとに関わらず、すでにいろいろなものが行き来をしている。だから、その環境に適応していかないと。さっき触れたOECDのデータでもそうですが、諸外国がどんどん丸い地球の上で動いている中で、日本だけが出入りの少ない特殊な状態でどこまでやっていけるのかと心配になります。

古森 「好むと好まざるとに関わらず」という言葉をつなぐと、それは国内市場の縮小という話ともリンクしていますね。もちろん国内市場中心で生きていく企業もあっていいのですが、多くの企業にとっては、国内だけでは本当に苦しい。そういう意味では、既に危機に直面している。

内永内需の縮小という点では、日本と似た状況にある韓国で起きていることがヒントになるような気がしています。例えば、韓国のある企業では、新卒者のTOEICスコアが900点と聞いていました。これはかなりの水準だと思います。それが最近ではさらに上がって940点くらいになったそうです。こうなるともう、ものすごくデキるという水準。

古森そういう人が時々いるというのではなくて、新卒入社の多くがそういう水準だという話ですね?それはすごい。

内永 ちょっと前までは、英語が弱い国は韓国と日本だと言われていましたよね。どこの国に行っても、そういう話を聞きました。それが、いまや前述の企業のように、多くの韓国企業は別世界に行ってしまっているわけです。韓国のほうが、内需だけでは生き残れないという危機意識が日本よりも強烈だったのでしょう。日本は置いていかれた感があります。

古森刺激になる話ですね・・・。

内永それから、以前は「日本市場では日本語が必要」というのが、海外からの参入障壁にもなっていました。しかし、国内市場という「井戸」が枯れてきている今、外から内への障壁が、逆に内から外への障害になってしまっていますね。

古森 「日本はまあ、好きなようにやってくれよ」という雰囲気が、海外で増幅しているのを感じます。裏を返すと、「日本の特性を理解して、なんとか合わせていかないと」という意欲が減退していますよね。少し前に流行った、「ガラパゴス化」とか「ジャパン・パッシング」いう言葉に象徴されますが。

内永 このままだと、一部の人を除いて、日本の人々の生活水準はどんどん下がっていってしまうとおもいます。少し下がって停滞、というレベルではなく、グローバル化した世界の中では、悪い循環に入るとどんどん落ちていくんです。相当な努力を続けていないと、ある水準に留まれない。技術とか人材とか、まだ勝てる部分があるうちに、本気で「グローバル」で勝負しないと・・・。

古森 韓国との感覚の違いは、そこでしょうかね。今の日本では、景気の低迷や失業率の上昇で多くの人々が苦しんでいます。でも、例えば人生の次のステージを賭けるほどの覚悟で語学をやっている人々は、どれくらいいるのでしょうか。これからの国情にあわせて、日本の人々の持つべき意識やスキルも本当に変わっていかないと、国が滅びかねないと思います。

内永 かなり色々な面で、メンタル・チェンジをしないといけないでしょうね。

古森 あんまり精神論を前面に出したくないですが、やはり精神というか、覚悟を変えないといけないように思います。日本では、英語を勉強している人は非常に多い。でも、TOEICで940点まではなかなか行けない。でもそれって、頭の良し悪しではなくて、詰まるところは覚悟の差じゃないかと思います。

「肌感覚」を生むために

古森 すみません。体育会空手道部出身なので、つい精神論になると熱くなってしまいます。頭を冷静に戻します(笑)。世の中、こういう現状への批判というのはたくさんあるわけで、「批判して終わり」だと、これまた意味がないわけですね。

内永 そのとおり。

古森 どうやって、「グローバル」の肌感覚を多くの日本の人々に持たせてあげられるか・・・という発想をしなければなりませんね。そこにこそ、我々のようなタイプのサービス業の存在意義もあるのだと思います。

内永 そう。「グローバル」に関わるテーマでのセミナーや講演は、すでにけっこうあるんですよね。多くの場合、海外経験者が自分の経験を話すのがメインになっていて、それ自体は非常に有益な情報なのですが、何かが足りないという気がしています・・・。

古森 実体験を聞いて、感動して会場を出るのだけれど、それで終わりという場合も多いのでは。いうなれば、「グローバル」劇場で、感動を消費しているみたいなもの。

内永 そうですね。でもそれだけだともったいないですよ。他人の経験を聞いて、自分の肌感覚にまで転化することができたり、自分の所属する企業の「グローバル」の方向性へと応用していける人は、おそらく少数派でしょうね。

古森 もう一歩、なにか踏み込んだ働きかけが必要ですね。

内永 例えば、私は私なりに「グローバル」なるものへの肌感覚をもっているわけですよ。でも、私の経験を語るだけではきっと足りない。さらに深めて、「何故私がその時そうしたのか」「何故そう思ったのか」という部分を伝える必要があるなと感じています。さらには、語るだけではなくて、そういうエッセンスを凝縮して、疑似体験的な場面の中で伝えなければならないと思いますね。

古森 なるほど、実体験の裏にあるものを抽出して、それを疑似体験型のプログラムとして再構成すると・・・。万人に有効とまでは言いませんが、効果の裾野は大きく広がるだろうと思います。もっとも、プログラム設計には相当な労力とセンスが求められるでしょうけど。

内永そういう質の高いプログラムを、単発ではなく何回か繰り返すことが必要じゃないかと思います。何回か繰り返すことで初めて、「そういうことだったのか!」ということに気づく人が出てくる。それが大事だと思うのですよ。

古森 実体験でも単発では足りないかもしれず、疑似体験ならなおさらしつこさが大事でしょうね。ところで、どういう機軸でその疑似体験プログラムを作っているのですか。細かいところはともかく、骨格のようなものに興味があります。

内永 「日本人は英語を話せない」という現象を、本質的な要素に分けると、実は二つあると思います。

古森 二つ・・・。

内永 日本人の英語力というのは、多くの場合、「英語は知っているが、使えない」ということ。「英語を知っている」ということと、「相手とコミュニケートする」というのは、実は全く別のスキルなんですね。これらがプログラムを設計する上で最も大事です。

古森 なるほど。

内永 英語で実際にコミュニケートする場面では、「英語のコミュニティでの言葉の使い方」が分かっていないとダメ。例えば、当たり前のことに質問するという文化が、日本語の世界には希薄ですね。でも、海外で色々な人が集まると、分からないことは質問するのは常識です。それに、質問されたらちゃんと答えるのも常識。こういう常識を、多くの日本人は理解していません。だから、英語というツールは持っているけれど使い方が分からないわけです。

古森 そういう実際に英語を使う場面の常識というものも、「肌感覚」のレベルにまで沁み込ませていく必要があるのでしょうね。