C-Suite Talk Live 第16回ガートナー ジャパン株式会社 代表取締役社長 日高信彦さん | マーサージャパン

C-Suite Talk Live 第16回ガートナー ジャパン株式会社 代表取締役社長 日高信彦さん

ライブラリ / 「経営×人・組織」視点の対談 C-Suite Talk Live / 第16回(4/4)

第16回 ガートナー ジャパン株式会社 代表取締役社長 日高信彦さん
Calendar2010/03/11

子供の教育・成長における示唆

古森 ところで、足元の日本の状況に目を移しますが、日高さんは学校教育の場にも個人的に貢献をしておられるようですね。少し、お聞かせ頂けませんか。

日高 経済同友会の活動で、学校訪問をしています。年に3~4回、これまでに合計20校くらいは訪問しました。

古森 どんなことを伝えるのですか。

日高 私の場合は、好きなことを仕事にする喜びだとか、逆に何をやるにしても最低限の基礎は持たねばならない、といったことを色々な形で伝えようとしてきました。

古森 素晴らしいですね。

日高 しかし、結局ここでも相手は人間ですから、今日お話した「まず受容する」だとか、「聴く」というスタンスが重要になってきますね。やはり基本は同じなのです。例えば、私の講演中につまらなさそうに寝ている子供がいるとします。さて、どうするか。

古森 やはり、「聴く」わけですか。

日高 そうです。実際、ある学校で50分の講演をした際に、ずっと寝ていた子供がいました。途中、「君の好きなことは何?」と聞いたら、「寝ることだ」と言うのです。「それじゃ、寝てなさい」と言ったら、本当に最後まで寝ていました。

古森 それも「日高流」の受容なのですね。

日高 それで、講義後のアンケートを見たら、その子がきちんと書いてきていたのです。「あの時は寝るのが好きだと言ったが、実は寝るのは好きではなくて音楽がやりたいです」とね。本人の気持ちに立って聞いてあげたことで、本当のことを伝えたくなったのではないでしょうか。

古森 寝ていることをいきなり叱るよりも、何倍も強い力が働いているように感じます。

日高 「好きなこと」というのは、本当に大事なのですよ。頭が良くて勉強自体が好きだという子は、それを極めていけばよい。一方、そうではない子もたくさんいます。でも、皆それぞれに好きなことは必ずあるのです。子供たちがそれを自分で認識して、理解して選んでいけるように導いてあげたいのです。

古森 まず、人生の「Why」の部分に光を当てるわけですね。

日高 そこが意識できたら、そのために必要なものを学んでいくという流れを導きやすい。例えば、ゲームがとにかく好きでたまらない子がいたら、こう言います。「ゲームがなかったら、困るだろう。でも、ゲームを発明した人は、こんなことを勉強しているんだよ」とね。まず、「好きなこと」を意識することが大事だと思うのですよ。

古森 日高さんの英語が、最初はまさに好奇心に端を発していることとも符号しますね。ご自身の子育てにおいても、やはりそういう部分がベースになっておられますか。お話し頂けるかどうか分かりませんが。

日高 そうですね。息子はもう大学生ですが、ある時期までは決して「学校成績の良い」子供ではありませんでした。ゲームが好きで・・・。でも私は、学校成績のことを責めたことはありません。ゲームが好きなら、それを徹底的に一度やってみろと。各地の交流会などにも、どんどん行かせました。そうしたら、ある時期、自分の中でふとゲームを卒業して、自然に勉強へと関心が向くようになっていきました。

古森好きなものを頭から否定するのではなく、親がまさに「受容」することで、最終的にはお子さんが自分なりの気づきに至ったわけですね。押し留めるのではなく、突き抜けさせることで新たな次元に進むような感じですね。

日高 親も、そうすることのリスクを負うわけですけどね。それを恐れたら駄目でしょう。

古森そこが、親としての勝負のしどころの一つですね。

日高 それから、「好きなこと」自体にも広がりがあるのだということも、気づかせてあげたいですね。私は我が子に対して、年に1回くらいでしたけど、「好き嫌いは何か」というのを聞いて、自分で書かせるというエクササイズをしてきました。その都度、2時間くらいかけて。10歳頃からでしたね。

古森 脳科学的には、ちょうど脳そのものの機能がおおむね完成して、いよいよオトナに向けて応用編に入っていく段階ですね。

日高 最初は、好きなことを100個書けと言っても、2つくらいしか出ないのですね。でも、2時間くらい話し込めば100個くらいは出てくる。これを通じて、常に「自分の好きなことは何か」ということが可視化できてきたし、だから「好きなことくらい、ちゃんとやろう」という意識付けにもつながりました。

古森 好きなことを突き詰めさせるにも、親として担うべきリスクがあります。だからこそ、本当に好きなことを子供自身が認識して打ち込むことが出来るよう、ここまで手間をかけて関わっていく。なかなか出来るものではないと思います。

日高 一方、もう一つ大事な要素もあります。子供自身の好奇心や関心に努力の源泉を求めつつも、非常に基礎的なことに関しては、地道に絶対量を作るためのプッシュも重要なのです。さきほどお話ししたように、英語でも何でも、基礎に関しては同じことが言えますね。

古森 そこは、私も本当にそう思います。

日高 例えば、武士の家庭の躾には、幼少時における論語の素読がありました。意味が分からなくても徹底的に暗記してしまう。すると、その後の人生経験とともに、「こういうことだったのか」という理解が広がっていくのですね。それが、人間形成や知力に大きな影響を持っていたわけです。

古森 なるほど。

日高 明治初期に旧武家に生まれ、その後渡米した杉本鉞子という人が書いた、『武士の娘』(ちくま文庫)という本があります。そこにも、意味を教えられずに素読をやったことの意義が書かれていました。杉本さんは、要は、「How to を学ばなかったのが良かった」ということを言っています。他にも、人間の成長とは何か、考えさせられるエピソードがたくさん綴られています。

古森 人間の成長過程では、いきなり「How」を教えるよりも、意味が分からない「What」をインプットするほうが、長期的には発達する面もあるということでしょう。禅問答でも、そうですね。植物も、肥料が少ないほうが根を張って丈夫になるそうです。生き物にとって不十分さというのは、十分さよりも糧になる場合があるのですね。

話は尽きませんが、そろそろ時間になりました。日高さん、今日は示唆に富んだお話をたくさんお聞かせ下さり、本当にありがとうございました。

~ 対談後記 ~
「武士の娘」(杉本鉞子、ちくま文庫)という本を、対談後に早速読んでみました。380ページほどの文庫本ですが、一気に読みました。深夜でしたので、ちょっと感度もあがっていたのか、目頭が熱くなるような瞬間もありました。こんな素晴らしい古典があったのですね。今日まで不勉強だったことを恥じました。

新潟・長岡藩の家老の家に生まれた著者(杉本氏)は、武家の教育を受けて育ち、運命によって渡米します。武家の常識とは全く違ったスタンダードを目にして、戸惑い、時には嫌悪感を抱く杉本氏。しかし、日々人間と向き合う中で、「根は同じ人間なのだ」ということに気づいていくのです。

読んでいて、色々なところで日高さんの言葉が重なりました。日高さんは、ご自身がこれまで経験してこられた様々な気づきの過程を、明治時代の杉本氏の手記の中に投影しておられたのかもしれません。あるいは、海外での気づきというものに、時代を超えた普遍性があるということでしょうか。

「武士の娘」は、当時7ヶ国語に翻訳されて好評を得たといいます。明治時代に、実体験と文筆業を通じて「グローバル」で評価された日本女性がいたという事実にも、強い感銘を受けました。今とは全く比較にならないほど、語学教育インフラも未整備の時代に・・・。現代の我々は、甘いですね。

今、手もとには「稲作漁撈文明(長江文明から弥生文化へ)」(安田喜憲、雄山閣)があります。これから紐解くところです。データに基づく科学的な展開、読み応えがありそうです。

日高さんとお会いすることで、多くの新しい出会いを得たように思います。
日高さん、本当に有難うございました。