C-Suite Talk Live 第25回 NPO法人ゴールドリボン・ネットワーク 理事長 松井 秀文さん | マーサージャパン

C-Suite Talk Live 第25回 NPO法人ゴールドリボン・ネットワーク 理事長 松井 秀文さん

ライブラリ / 「経営×人・組織」視点の対談 C-Suite Talk Live / 第25回(1/4)

第25回 アフラック(アメリカンファミリー生命保険会社) 元社長 NPO法人ゴールドリボン・ネットワーク 理事長 松井 秀文さん
Calendar2010/07/20
C-Suite Talk Live 第25回 ~対談エッセンス~
  • 不易流行の営み
  • 次世代の経営トップを育てるには
  • 小児がんとの闘い
  • パッションは、ミッションから

不易流行の営み

古森こんにちは。今日はお忙しいところ有難うございます。この対談、企業や人物が持つ良いもの、何かヒントになるものを世に伝えたいという思いで続けております。悪い話や批判的な話は世の中にいくらでもありますので、この対談は、陽性のメッセージ集のようなものにしたいと思っております。宜しくお願い致します。

松井 こちらこそ宜しく。お役に立てるかどうか分かりませんが・・・。

古森 松井さんには、是非伺いたいと思っていたことが二つあります。一つは、アフラックの経営をして来られたご経験に照らして、組織運営や人材マネジメントにどのようなこだわりを持っておられるか。もう一つは、アフラックの経営の一線から退かれた後に打ち込んでおられる、ゴールドリボン・ネットワークのことです。

松井 なるほど。まず先に、経営のほうの話からにしましょうか。

古森 お願いします。

松井 組織というものは、要するに人の集団ですね。どれだけそこにいる人たちが同じ思いをもって、同じ方向を向いて力をあわせていけるか。つまるところそれが大事だと思っています。

古森 本質はそこにあると。

松井 私はよく「不易流行」と言います。変わらぬ本質の部分と、世の中に対応して変わっていくべきものがあるということです。守るべきものを守りながら、変わり続けていく経験を豊富に積んだ人材が大事で、そういう人が伸びていく組織が良い組織だと思います。

古森 同じ思いを持った人々が同じ方向を向いて、環境とともに様々な変化を遂げていく。まさにその不易流行の営みを続けていくことこそが、組織・人事の要諦であるということですね。

松井 人間にとって「変わる」というのはなかなか難しいのですよ。特に、年齢があがっていけば、個人差はありますが変われる角度や範囲は小さくなります。一方、若いうちは、与えられる環境によって大きく変わることができます。組織として、若い世代が変化していく環境をいかに作ってあげられるかが非常に重要ですね。

古森 それを、少人数ならまだしも、大きな組織で実現していくというのは容易ではありませんね。

松井 そうですね。アフラック創業間もない頃は、組織内の全員の顔が見えていました。でも、さすがに1,500人を超えてくるようになると、これはもう「組織」として動かすことを考えなければなりません。各組織の長がどのような思いで人を育てていくか。トップとしては、まずその人たちと自らの思いを共有せねばなりません。

古森多くの企業が成長とともに経験するチャレンジですね。しかし、思いを共有するにしても、言葉が単に伝わるだけでは人々の心に沁みていきませんね・・・。

松井 実際の仕事の中で、言葉が沁みる素地を作っていかねばなりません。一言でいうと、「いつも見ているよ」ということが大事です。見られる、褒められる、評価される、つまり認知ですね。それがあって、人は育っていくのです。無視された人間が、それでも努力して変わっていけるかというと、なかなか難しいですね。

古森 認知という土壌があって、初めて経営の思いも共有されていくと。

松井 ええ。ただし、好き嫌いで人を見るのは認知にはなりませんよ。上司は、自分の部下を平等、公平に見ようという思いを持ち、一人ひとりが大事だと言葉で伝えて、そして部下それぞれの思いに応える場面が一度ならずあることが必要です。

古森上司が部下を「認知する」という一方向の行為だけではなく、上司として部下から「認知される」というところまでサイクルがまわらないと、認知が組織の土壌にならないのですね。しかし、「部下の思いに応える」というのは、まさに個々の部下にそれぞれの期待があるわけで、これも簡単なことではありませんね。

松井 秀文さん プロフィール
1968年に川崎製鐵(当時)でキャリアをスタートされました。その後、損害保険会社勤務を経て、1974年よりアフラックへ。日本における創業メンバーとして参画され、1981年に取締役、1986年に常務取締役、1989年に専務取締役、1992年に副社長、そして1995年に社長に就任されました。8年間の社長任務の後、2003年に会長に就任。その後、2007年に相談役となられ、本年4月末をもってアフラックからはご卒業されました。
しかし、松井さんは新たな道へと進まれます。小児がんの克服を支援するNPO法人、ゴールドリボン・ネットワークを2008年に立ち上げ、理事長に就任されました。2010年には、病院の理事長にも就任しておられます。
生命保険事業の経営、小児がんとの闘い、そして病院の経営。分野はそれぞれ違いますが、いずれも人の「命」というものに密接に関わっている仕事です。