C-Suite Talk Live 第30回  株式会社アドバンテッジ リスク マネジメント 鳥越 慎二さん

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第30回 株式会社アドバンテッジ リスク マネジメント 代表取締役社長 鳥越 慎二さん
Calendar2010/09/06
鳥越 色々とありますが、例えば認知行動療法ですね。行動と気持ちと考え方は相互に連動していて、人間はそれらの一貫性をもって仕事をするのだと言われています。したがって、このうちのどこかを変えれば、他も引っ張られて変わってくるのです。考えや感情は湧き出てくるものなので、それ自体をコントロールするのはなかなか難しいですね。しかし、行動は自分で意図的に変えられます。ですから、その行動から全体を変えていこうというアプローチです。

古森 行動に着目するのは、人事の世界でのコンピタンシーなども同じことですね。行動は目に見えるし、変えることが出来る。その通りだと思います。

鳥越 例えば、すごい仕事を任されたときに、「ああ嫌だな、失敗するのではないか」などと不安や恐怖、ストレスを感じる人は多いと思います。その感情自体は、なかなかコントロールできません。コントロールできることがあるとすれば、口に出して「よしチャンスだ。成功したら僕は上手く行くかもしれない」と言ってみることです。笑ってみる。声を出してみる。これは出来ます。

古森 ええ、出来ます。

鳥越 そういう場面でため息をつかないようにするとか、外に出てみるようにするなど、色々な行動は意図的にとることが出来ます。最初は、そういう行動をとることに抵抗はあるのですよ。思っていることと違うことをするわけですから。でも、先ほど申しましたように身体は全体で統一性をとって動きますから、だんだん行動に気持ちが近づいていくという現象が起きます。これをしばらく続けていくと、自然にわいてくる感情のほうが、コントロールされるようになっていくのです。

古森 私が好きな昔の言葉に、『だまされたと思ってやってみなさい』というのがありますが、まさにそれですね。嫌でも行動を続けていくと、内面から変わることがある。メンタルタフネスも、これですね。

鳥越ACT(Acceptance and Commitment Therapy、アクト)という新しい認知行動療法の手法もあります。これは、「感じるものは仕方がないので、そのまま感じてください」というスタンスから始まります。ただし、「気持ちを感じながらも、あなたにとって人生で一番大事なことは何か」を考えましょうと説き、「感情に揺り動かされている自分を客観的に見て、自分に必要なことをやろう」というアプローチです。

古森 やはり、本来コントロールしにくい感情というものを、コントロールする手法の一つなのですね。

鳥越 例えば、何かストレスを感じて落ち込んでしまったとしましょう。しかし、しばらくして振り返ってみると、「たいしたことはなかった」ということが往々にしてあります。振り返ることが大事です。振り返るためには、落ち込んだその時にメモを取っておくことです。今どう思っているか。「もう俺はだめだ、これでクビになってしまうかもしれない」と、実際に書いておくのです。

古森 なるほど、実際のその瞬間に書くわけですね。落ち込んでメモなんか書く状態ではない時に、あえてそういう行動をとることがポイントなのですね。

鳥越 凄く不安だと思っていたその時の気持ち。しかし、後から振り返ってみるとどうでしたかと。そこまでひどいことではなかったですよね、失敗したら何か言われると思っていたが、誰も何も言わなかったよね、と。そういう振り返りをするのです。一回やったくらいでは同じことを思うのですが、何度もやっているうちに、「あ、いつものパターンだ、実は終わってみるとたいしたことはなかったよな、今思い悩んでも仕方ないな」というふうに、感じ方が変わってくるのです。

古森 大変興味深いです。

鳥越それで、「メンタルヘルスからメンタルタフネスへ」の話に戻ると、これって、うつ病になる人たちだけの話ではないんですよ。何かの仕事に対する不安やプレッシャーは全員が感じますから、それがパフォーマンスを妨げるケースも多いわけです。誰もが、こうしたアプローチを使うことによって、感情やストレスに影響されずに実力を出すことができるようになります。

古森 素晴らしい・・・。それが、組織の生産性向上へとつながるわけですね。

「型」をなくした日本人

古森そういう話をしていてふと思うのは、毎朝の体操でも清掃でも社歌斉唱でもいいのですが、昔の日本企業というのは、ある種の行動を組織として脈々と続けていた部分がありますよね。そうしたものも、もしかしたら組織のOSに何か意味があるのではないでしょうか。

鳥越 まさにそうだと思います。些細なことであっても、何か行動の中にディシプリンの軸になるものを持つことは重要だと思います。例えば、会議をやるといったときに、だらだら集まる組織があるとします。それを、「5分前に集合」で徹底すると、組織全体が変わってきます。日本の生産現場でラジオ体操したり、整理整頓、朝礼なんていうのも、意味があるのだと思います。

古森 何かのディシプリンを持つことが、実は精神にも肉体にも大事なのでしょうね。世界各国、宗教も歴史も違いますが、良い人たちは何かの部分でディシプリンを持っていますよね。お祈りするだとか、早起きだとか、何でもよいのですが、そういうリズムのようなものが大事だと思います。これも「行動」ですね。「この行動をしたからこうなります」とまで言えないものでも、何かこう、一個の人間全体を統合するような作用があるのではないでしょうか。

鳥越 そういう意味でいうと、ちょっと大きな話になりますけど、日本社会の問題点というのは、拠って立つ基本みたいなものがなくなってしまったことにあるのだと思います。「日本的なものは何か」ということに、誰も答えられなくなっていませんか。

古森 なるほど。

鳥越 昔であれば、狭いうさぎ小屋であっても家族のために国のために朝から晩まで働いて、黒縁のめがねをかけて・・・とか、ある種のパターンがありましたよね。それが良いかどうかは別にして。あるいは、海外の人から見ると、生真面目一本、倫理や道徳にきちきちとしている・・・などのイメージがあったと思います。

古森 日本人に対してそういうイメージを持っていた海外の人は、多いと思います。

鳥越 でも今は、色々なものが入ってきてしまって、「何でもあり」になっているように思います。「多様性」は歓迎なのですが、「何でもあり」になると、人間はよりどころがなくなってしまうのではないでしょうか。

古森 宗教というものの存在も、無視できないと思います。宗教には、ある面で人間に一定のディシプリン、行動を求めてきますね。それほど信心深い人でなくても、例えば、毎週日曜日に教会に行くという「行動」をとり続ければ、それが何かのディシプリンになっているはずです。一般的に日本人は宗教に寛容で、最近では名目上仏教徒の人でも、家に仏壇は置かないケースが多いですね。祈る機会も減っていると思います。私は、「共同体そのもの」が実質的には日本の宗教だったと思うのですが、その共同体も、壊れてきました。軸というか、ある種の「型」のようなものが、なくなってきているのは確かですね。

鳥越 やはり、よりどころがなくなってきていると思います。世の中を見てもそうですし、自分自身を振り返ったときにも、「自分とは何か」ということが曖昧になっているように思います。

古森 私は、昔の日本というのは、それはそれで窮屈な世界で、そこに戻りたいとも思わないのですね。でも、何か軸になるもの、一定のディシプリンを人々に要求していくものは、必要だと思います。全体主義的にそれを見つけなくても、個人個人が何かを持てば良いわけです。結局、「個」というものの確立を、親や教育機関がしっかり意識して子育てをすることに尽きるように思います。