C-Suite Talk Live 第34回 大阪製鐵株式会社 代表取締役社長 永広 和夫さん

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第34回 大阪製鐵株式会社 代表取締役社長 永広 和夫さん
Calendar2010/10/25

Chief Learning Officer = CLOの設置

古森 日本の教育機関も進化していくだろうと思います。しかし、巨大なシステムですから、現実的には10年から20年、時間をかけて徐々に変化していくのだと思います。一方、企業経営は今や四半期単位で業績を問われる時代ですから、企業における人材育成の中で、「考える」力をいかに加速できるかが、現実的な取り組みどころですね。まさにそこに、永広さんは取り組んでおられるのですね。

永広 最近「Chief Learning Officer」(CLO)という役割を設置しました。「Chief Learning Officer」がいる会社は、世界中でもまだそんなに多くはないだろうと思っています。とにかくやろうということで、やり始めました。

古森どのような方をCLOに任命されたのでしょうか。

永広 ある日突然、技術系の常務に「CLOをやって下さい」と言いました。しかし、最初は本人が「社長、CLOって何ですか」という反応でした(笑)。「いいから、やろうや」ということで、若干強引にやり始めたようなところがあります。

古森 「うちの会社のCLOって何?」を考えるところから、既にミッションに入っているのでしょうね。

永広その通りです。結局、やるべきことを煎じ詰めれば「OJTとOFF-JTを組みながら、きちっと皆が学ぶ環境を作っていこう」ということになります。しかし、実際どうするのか。弊社の実情を考えた場合に、具体的にどのような学びが必要かということ自体が明確になってない。まずCLOを軸にして考えていこうということです。「将来を見たときに何が大事か」ということを考えることが、まずもって重要ですね。

古森 例えばロジカルシンキング講座などの個別の研修実務は別として、「そもそも何が必要か」「何を学んでもらうべきか」をCLOが考える・・・。それ自体が、経営戦略と人材マネジメントの連動ですね。

永広まずは、「Officerクラスがどういう認識をもっていないといけないのか」ということで、これまでに3回ほどホテルに陰って集中討議をしました。詳細は申し上げられませんが、多種多様な色々な意見が出てきました。とりあえず「Officerクラスが背中を見せる必要がある」ことにしました。まだ議論は収斂していませんが、前に進んでいます。

古森 答えが出ているかどうか以前に、そうして合宿で役員層が人材育成の議論をしているという姿が、良いメッセージになるでしょうね。

永広 組織としての人づくりの大切さは、新日鐵時代から痛感していました。米国留学15年後に、米国の鉄鋼会社にて2年くらい派遣される機会があったのですが、そこで米国の製鉄業界がいかにして衰退したのかを目の当たりにしました。

古森 永広さんが人づくりの大切さを感じた原風景ですね。お聞かせ下さい。

永広 より具体的には、「人と設備」ですね。当時の米国の製鉄業界では、景気の波にあわせてレイオフをかなりやっていました。また、不況の間は、設備は銀行のリースにしてしまうのですね。技術が蓄積するはずの「人と設備」という肝心の資産を、景気の波の中で分断してしまったわけです。ご存知のとおり、米国のレイオフはジュニアの階層から切っていくのが通例で、再雇用となるとシニアのほうから採用します。それで組織が急速に老朽化していったのです。

古森 「人や設備」には、時間をかけて積み重ねていくナレッジやノウハウが蓄積されているわけですね。それが壊されてしまったと・・・。

永広 100年かけて一生懸命やってきたアメリカの鉄鋼業が、本当に10年あまりで衰退したのです。100年積み重ねたものが10年で滅ぶ。当時新日鐵は前身も含めると創業半世紀以上になりますが、「人と設備」をおろそかにしたら、あっという間に足元をすくわれるぞという危機感を持ったものでした。

古森 そういう臨場感のある体験も、今の経営に生かされているのですね。「人を大事にする」というのは、必ずしも「人に心地良いことをする」という意味にはならないと思いますが、経営者の目線として究極のところ何を大事にしているかですね。それを、これからは経営者一人ではなく、CLOを軸に経営陣として取り組んでいくわけですね。

永広 先ほどの「STO運動」に加えて、こちらも今後の経営を支える重要な柱の一つになると思っています。息の長い取り組みになりますが。Officerクラスはやる気になってくれていますが、「自分でやる」というのと「人に教える」というのは、また違ったスキルになります。そういう点も含めて、意識してレベルアップしていくつもりです。

古森 人々の反応はどうですか。

永広 育成プログラムの中には外部機関にお願いすることも多いのですが、ある機関が実施した社員の意識調査の中で、「うちの社長はスローガンを作るのがうまいが、皆ついていくのが精一杯」といった声もありました。予期される反応でもありますが、まだまだこれからです。

営業も数式モデル

古森 ところで、技術系のバックグラウンドがある経営者の方は、生産管理とか、サプライチェーンマネジメントなども含めて、全体の系統のどこがどうなったら、どういうことが起こるか・・・というエンジニアリング感覚があるように思います。一般論ですが。永広さんの場合も、ご自身の技術系の思考回路が強いという点が、「STO運動」などに活かされているのでしょうね。

永広 まあ、理系思考ということかもしれませんが。もっとも、私の場合文科系の内容も好きですよ。哲学を専攻すればよかったかなと思うこともあります(笑)。

古森 CLOを設置して、永広さんの役割も少しずつ変わっていかれるのではないかと思います。もちろん、人を育てるという目線は変わらないにしても。今、ご自身の理系思考の強みを生かして何か取り組んでおられることはありますか。

永広 財務部門は従来から活発ですが、そういう意味では最近、営業分野でも数式モデルを使うようにさせています。

古森 営業で数式モデルですか。

永広 これはさすがにお話しできない部分が多いのですが・・・。例えば、値決めをする際に、何を根拠に決めていくかですね。問屋の在庫状況、市況の動き、他社の状況、原料の価格動向などを総合的に判断して動く必要がありますが、以前はかなり経験と勘を頼りにしているような面もありました。

古森 業界全体が、そういうモードで動いていたのでしょうね。

永広 そこに、ある種の数式モデルを導入して、近い将来の注文の動向などを予測するようにしました。鉄の市場動向を論理的に要素還元していくと、いくつかの指標とその相互の関係性で表現することができます。完全ではないにしても、論理的な関係性はある程度考えられるわけです。

古森 複数のパラメータが絡み合った市場ダイナミズムそのものを、数式で表現するわけですね。

永広 さらに、論理的に数式が組めても、パラメータに入るデータが正確には把握できないという別の問題も起きてきます。そういう部分に仮説をインプットするやり方も含めて、数式モデルが成り立っています。最近はその数式モデルを参考にして売り出したり、調達もそれを前提に進めるようにトライしています。

古森 科学者の作業そのものですね。ある体系の全体メカニズムのロジックを組んでみて、それをもとに試行錯誤していく。仮説的であっても先にロジックがあるからこそ、何のデータを取りに行けばいいのか見当が付く。何と何の相関分析をすればいいのか、何の指標の微分値を見るべきかの狙いが持てる。そういう、科学のアプローチですね。エンジニアの強みが息づいているのを感じます。

永広 これも、私一人で組み立てたわけではないのですよ。技術担当役員と営業担当役員と試行錯誤しながら作り上げてきたものです。営業担当役員は文系出身なのですが、以前ドイツに留学経験があって、そこで計量経済学を勉強した経験がありましたし、私も実はノースウエスタンで統計数学を学びました。それで、「一度、数式におきかえてみようか」という話になって、色々トライしてみたわけです。

古森 なるほど、これも「考える」というカルチャーを広めながらの取り組みだったのですね。

永広 PCに入っている統計ソフトを使えばできる程度の簡単なものです。

古森 そこまで社長がハンズ・オンでやるわけですね。ご自身でやってしまわずに、組織でやろうとするところが素晴らしいですね。ところで、その数式モデルの運用状況はどんな感じですか。

永広 良好です。結果として需要の少ない中での供給過剰も防止できているのではないかと思います。数字は公開できませんが、予測モデルと実際の注文量の推移をグラフで見てみると、かなりの精度で符合しています。もちろん数式通りにはなりませんが、かえって誤差の原因を研究することで面白いように色んなことが分かってきます。

古森 ズレの要因を、きちんと数式の要素に還元して補正していくところに、エンジニア魂を感じますね。だんだん精度があがっていくでしょうね。実は以前、私もある製品市場のダイナミズムを数式モデルで再現しようとして、苦労した経験があります。色々な要素を絡めすぎると複雑怪奇なモデルになって・・・。本来複雑なものをある程度シンプルな形で、かつ、あたらずとも遠からじの精度の数式モデルで再現するというのは、相当深い思考と経験の産物だと思います。

永広 これを磨きこんでいけば、組織として強みになると思いますよ。

古森 その数式モデルだけを見ても、結局、どのように考えて補正していくかが分からなければ意味がないわけですね。「考え抜いてモデルに表現する」という組織能力自体が、強みの核なのだと思います。「考える」ということの凄さや価値を、改めて痛感させられますね・・・。
そろそろ時間になりました。永広さん、今日は貴重なお話を聞かせて頂き、本当に有難うございました。

~ 対談後記 ~
永広さんは、新日鐵で代表取締役副社長の要職を経験された方です。しかしながら、ご自身いわく、「モノを買って、作って、売るという全体を統合して動かしていく経験は、これが初めてだ。」とのこと。ご謙遜多々ありと思いつつ、またそれも経営の一面なのかなと思う私でした。
全体を統合して見ること。そして、つきつめて根本にあるものを考えること。そういう、全体思考と科学のまなざしを、永広さんのお話の随所に強く感じた対談でした。日本における今後の教育のあり方を論じる際にも、大いに参考になるものがあると思います。

永広さん、有難うございました。