C-Suite Talk Live 第36回 軽井沢インターナショナルスクール 設立準備財団 代表理事 小林 りんさん | マーサージャパン

C-Suite Talk Live 第36回 軽井沢インターナショナルスクール 設立準備財団 代表理事 小林 りんさん

ライブラリ / 「経営×人・組織」視点の対談 C-Suite Talk Live / 第36回(2/4)

第36回 軽井沢インターナショナルスクール 設立準備財団 代表理事 小林 りんさん
Calendar2010/11/24

カナダとフィリピンでの原体験

古森 小林さんが「軽井沢インターナショナルスクール設立」というテーマに出会った経緯は、色々なメディアで伝えられているところです。あらためて、ご自身の経験など今の活動のバックボーンになっているものをお聞かせ頂けますか。高校生の頃にカナダに留学されたことが、大きな転機だったと伺っておりますが。

小林 そうですね。これまでの人生の色々なことが支えになっていますが、高校生時代のカナダ留学は、たしかに大きな転機でした。

古森 留学は高校2年からでしたかね。

小林はい。自分で振り返っても決して優等生ではなかったですね(笑)。野心家で、既存の体制に疑念を抱いていて。生徒会の役員をしていたのに、クラスのみんなを率いて授業をボイコットしたこともありました(笑)。暗記中心の勉強にも納得できませんでしたし、「もっと自分力を伸ばしたい」と思っていました。それが、留学を決めた背景です。

古森 その問題児(?)が、カナダの学校で何を見たのでしょうか。

小林 留学してすぐに野心は打ち砕かれました。得意だった英語が通じない、友達もなかなか広がらないという状態が、1~2ヶ月続きました。試験で何も出来ず、悔しくて泣いてしまったこともあります。

古森 劇的な環境変化ですね。

小林 でも、しばらくすると英語も何とか追いついてきて、授業や会話が理解できるようになっていきました。そうすると、気づくものがたくさんあったのです。

古森 言葉の壁の向こうに、何があったのですか。

小林 何か徹底的にとがったものを持った、様々な個人との出会いです。算数は苦手なのに言語となると六ヶ国語を操るスウェーデン人、数学では飛びぬけた才能を示す中国人、ジャズピアノが天才的にうまいアメリカ人など、日本では考えられないようなすごいクラスメート達と出会ったのです。

古森 日本の一般的な学校の風景とは、だいぶ違いますね。

小林 そういう出会いが、カナダの雄大な自然と美しいキャンパスの中で繰り広げられました。言葉の壁を越えてからの留学生活は、多様な才能に触れ、自分の得意なものを磨くことの大切さを知り、そして生活全体でそれらを吸収していく日々でした。

古森「自分の得意なものを徹底的に伸ばす」ということの意味は、その現実を見てみないと理解できないかもしれませんね。私も留学中に、日本では見たこともないような飛びぬけた才能と数多く出会って、世界観が変わりました。

小林 もう一つ、今の活動の大きな原動力になっているものは、フィリピンでの経験です。

古森 ユニセフのオフィサーとしてのご経験ですね。そこに至る経緯も含めて、ちょっとお伺いしたいですね。。

小林 高校時代の留学経験の影響もあって、私は自然に国際協力に興味を持つようになっていました。帰国後、大学では開発経済学のゼミに入りました。卒業後に外資系投資銀行で勤務したり仲間とベンチャー企業を立ち上げたりしましたが、その後国際協力銀行に入って、開発途上国のインフラ開発の仕事に就きました。

古森 だんだんと、パッションのある方向へと進んで行かれたのですね。

小林ええ。それと同時に、教育分野にも学生時代からずっと興味がありましたので、「教育分野で国際協力」というのを、いずれライフワークにしたいと思っていました。思いが募って、その後米国の大学院に留学して、国際教育政策学の修士をとりました。

古森 自分が思う方向に、迷わず突き進んでいく感じですね。とんがっているなぁ、と思います。

小林 そして2006年に、国連児童基金(UNICEF)のプログラム・オフィサーとしてフィリピンに赴任するチャンスが巡ってきました。ミッションは、ストリート・チルドレンの非公式教育活動の推進です。そういう人々に教育の機会を提供することこそが、開発途上国の生活改善の起爆剤になると思っていました。

古森 実際にフィリピンに赴任してみて、いかがでしたか。

小林色々と役に立てたと思います。でも、根本的な問題は別のところにあるということも、身をもって認識することになりました。選挙で大勢の人が亡くなり、汚職の絶えない社会。当のフィリピン人の中にも、自国に見切りをつけて国外へ移住する人がいました。そんな現実を見るにつけ、「教育が普及すれば、投票行為を通じて人々が社会を変えていける」という仮説は、「リーダー層がまず変わらなければだめだ」という信念へと形を変えていきました。

古森 そこで「リーダー育成」というテーマにたどり着くわけですね。

小林 それからは、自分が世の中のためにやるべきことが明確に見えてきました。これまでに培ってきた教育分野の知識、財務や経営の経験、そして、いかに人間の個性が伸びうるかという留学中の実体験などを総動員して、「社会を変えていけるリーダーを育成したい」と考えるようになったのです。

古森 その思いが、今の活動に直結したのですね。

小林 そんな折に、今いっしょに設立準備を進めている谷家 衛さんに出会ったのです。谷家さんは、あすかアセットマネジメントの代表取締役で、投資の世界では有名な方です。その谷家さんに私が考えていたことをお話ししていたところ、「日本にアジアのハングリーで才能のある生徒を迎えるインターナショナルボーディングスクールをつくるべきだと思う。それこそりんちゃんにぴったりでりんちゃんだったら素晴らしい学校がつくれる。一緒にやろう。」と言われました。さらに色々話しているうちにとても共鳴するものがありまして、「いっしょにやりましょう!」ということになったのです。

古森 自分のパッションに沿って突き進んでいくと、運や縁まで味方してくれるものなのですね。色々なものが大きな奔流になって、今の活動に流れ込んでいるようなイメージが浮かびました。