C-Suite Talk Live 第37回 国際基督教大学 教養学部 教授 八代 尚宏さん

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第37回 国際基督教大学 教養学部 教授 八代 尚宏さん
Calendar2010/12/14

国民性ではなく現実と枠組の乖離の問題

古森しかし、先ほども言いましたが、そうしたこう着状態というのは、個々の企業単位でも頻繁に見られますね。「多くの人が課題を認識していても、集団としては物事が動かない」というのが、まさに課題の正体だったりもします。

八代 私も企業の研修で講演をしたり経営のアドバイスを求められたりしますので、それはよく分かります。

古森私はその時代を生きていないので偉そうなことは言えないのですが、先の戦争も同じような経緯で起きたという指摘があります。なんといいますか、こういう集団としての動きの停滞感、過度の受容性のようなものは、日本の国民性なのでしょうか。。

八代 国民性という見方は、私はしていません。あえて言えば今現在の国民性かもしれませんが、それが日本の本来の国民性だとは決して言えないですよ。

古森その話は興味深いポイントを突いていると思います。もう少し詳しくお聞かせ下さい。

八代 戦争の話をされましたけど、まさにその戦争の時期に起きたことが、今につながっているのだと思います。野口悠紀雄さんの「1940年体制」にあるように、戦争するために作られた社会主義的な仕組みが、戦後の高度成長期の「企業戦士」モデルにもたまたま合致したのですね。今の国民性というのは、その経緯の延長線上にあるわけです。

古森 たしかに、戦前の日本の話を聞き知る範囲では、アメリカ顔負けのベンチャー精神やバリバリの実力主義があったようですね。必ずしも、今現在日本の社会を覆っているものが、日本人の揺るぎなき遺伝子だということではないのかもしれません。

八代 私の父はいわゆる大阪商人だったのですが、大阪商人の家では、昔は自分の子供に力がないと分かったら勘当して、能力のある人を養子として迎え、家業を継がしたといわれています。温情主義で能力のない人に事業を任せていたら、とても立ち行かないからです。徹底した実力主義が、少なくとも日本の商人の世界では常識でした。

古森 いわゆる職人的な世界も、当然のように実力主義ですよね。もっとも、稲作と農村の生活に今の国民性の起源を求める説もありますし、国民性の議論には正解はないのかもしれません。少なくとも言いうることは、今のこう着状態が「国民性だから仕方がない」という話ではない、ということですね。

八代 国民性に問題の起源を求めたところで、何も解決はしないわけですよ。

古森 国民性と言ってしまうと、「仕方がないな、どうしようもないな」という流れになりますね。国民性に原因を求めること自体が、こう着状態の一因になるということですね。

八代 もっと冷静に、起きていることの本質を見極めなければなりません。私は、様々な規制、法律、慣行など社会の枠組とでもいうべきものが、社会環境の大きな変化に対応できず、今現在の人々の暮らしや経済活動の実態と乖離しているところが問題の本質ではないかと思っています。

古森 なるほど。それは、厳しいながらも救いのある指摘ですね。国民性のロジックで片付けてしまうと、救いがないですから。

八代 例えば、ワークライフバランスの話。私もその分野の会議などに参加していますので実態がよく見えるのですが、現状では絶望的な要素があまりにも多いと思っています。

古森 絶望的。

八代 ワークライフバランスという運動が何に対して起きているかというと、これは、四半世紀くらい前まで主流だった日本の家族のあり方と、それを前提にした規制、雇用慣行、価値観などへの挑戦なのですね。

古森それらが、今現在の現実に追いついていない・・・ということですね。

八代 話を分かりやすくするために、働く世帯に大きく二種類あるとしましょう。専業主婦世帯と、共働き世帯です。実際には色々な家計の形がありますが、ここではその二つで考えてみましょう。今の規制や雇用慣行というのは、依然としてマジョリティは専業主婦世帯を前提にした昔の常識に立脚しているわけです。

古森なるほど。

八代 一方、日本の社会はとっくの昔に変化していて、今では共働き世帯のほうが専業主婦世帯よりも多いのです。問題なのは、専業主婦世帯と共働き世帯では、労働に関する本質的なニーズが違うということです。専業主婦世帯では、夫が解雇されたら大変なことになりますから、雇用は絶対に保障して欲しい。そのかわり、夫が会社のために滅私奉公するのもやむなしとする・・・という傾向がありますね。

古森 個別差はあるにしても、セグメント全体の傾向を単純化すればそうなるでしょうね。

八代 いうなれば、働く夫個人のワークライフバランスは仕事に大きく偏っていても、専業主婦が夫や子供の「ライフ」のほうに偏重して仕事を分担することで、家族全体としてはワークライフバランスがとれた状態を作るモデルだと言えるでしょう。

古森 そういう見方がありましたか。

八代 ところが、共働き世帯は違います。やたらと解雇されては困るでしょうが、不幸にして解雇された場合のリスクは、専業主婦世帯よりも相対的には軽微です。一方、家族としての「ライフ」のほうの仕事を夫と妻で分担する必要がありますから、長時間労働や転勤は絶対困る・・・というニーズが強く出る傾向にあります。こうなると、夫も妻も、それぞれにワークライフバランスのとれた就労環境が必要になってきます。

古森 なるほど、よく分かります。

八代 単純に2つのパターンで考えてみてもこれだけ本質的ニーズには差がありうるわけです。しかしながら、法や規制の観点から言えば、例えば配偶者控除が今でも存在するのですね。今まさに改廃の議論がされていますが、廃止への抵抗が根強いのです。それに似た概念で、企業の人事制度には配偶者手当というものもあります。これらは、枠組みが専業主婦モデルの上に成り立っている象徴でしょう。

古森 企業の配偶者手当は、大企業を見ている限りでは制度から消えていく傾向にあります。ただし、既に多数派になっている共働き世帯のニーズに沿って色々な枠組みが動いているかといえば、そうとは言えないですね。専業主婦世帯を暗黙の前提にした部分は、多々あると思います。

八代 世帯のあり方ばかりでなく、個人のあり方との乖離もあります。配偶者手当というのは、昔制度が導入された頃には、「夫が働いて家族を養うのは良いことだ」という価値観があったわけですね。企業がそれを奨励していたわけです。しかし、今現在の視点で考えれば、これは個人のあり方に重大なバイアスをかけた見方になっています。働けるはずの妻が、夫が手当てを失うために働けない理由になっていたりもします。

古森 これだけ人生のカタチが多様化している中で、ある特定のあり方を前提に置くというのは、これも現実と枠組みの乖離ということになるのですね。従業員の暮らしの何かの部分を補助するのは良いことだと思いますが、出来るだけ無理なバイアスのない形でやるべきですね。

八代という具合で、色々な面で社会の枠組みが現在の日本人の暮らしの現実にフィットしていないのですよ。国民性を云々する前に、社会の基本的枠組みをきちっとアップデートすることが急務だと思います。