C-Suite Talk Live第39回 河合 江理子さん

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第39回 河合 江理子さん
Calendar2011/01/25

「グローバル」への現実感の欠如

古森 最近、日本経済がグローバル化を求めて行く流れとは裏腹に、国を出てキャリアを積むことへの抵抗感のようなものはむしろ増えているように思います。少なくとも、メディアで報じられる限りでは。河合さんの場合、ハーバードに行かれる前から、海外でやってみたいという思いはありましたか。

河合 漠然と、国際関係の仕事をしてみたいとか、そういう憧れのようなものはありましたよ。でも、高校は普通の進学校でしたし、ほとんどの生徒がいわゆる「良い大学」に行くという学校でしたので、留学試験に受かっていなかったら普通に日本の大学に行っただろうと思います。だから、是が非でも海外へということではありませんでした。人生は、あの時留学試験に合格したことで大きく変わったということになります。

古森 必ずしもプランどおりではなくて、動いてみたら世界が広がったということですね。今、海外に対して積極的になれない人の中には、「動いてみる」という要素が足りない人もいるのではないでしょうか。えいっ、と飛び込んでみる力ですね。

河合 まさにそのとおりです。それが残念だと思っていまして、 日経ビジネスオンラインでコラムを書き始めた動機もそこにあります。皆さんにもっと海外に出てもらって、国際的な経験を積んで頂いて、キャリア選択の中での敷居を下げて欲しいと思うのです。私だって、今とは世の中は違いましたけど、やはり海外に出たからいろんなことが出来た、人間関係でも仕事でも豊かな人生を歩めたと思うのです。海外に飛び出すことを、勧めたいという気持ちがあります。未知の世界に飛び出さなければ新しい世界は広がりません。

古森その、「今とは世の中が違いました」という部分、意外に大きな要素かもしれませんね・・・。

河合 それは、たしかにそうかもしれません。日本は、私が留学をした頃と比べて、すごく豊かになっていますね。私たちの時代は、海外に行くと日本にないものがあったりして、驚きがたくさんありました。それが最近では、分かりやすい驚きが減っているのも確かです。また、逆に海外に行くと不便さが増える、お金がかかる、という場合もありますね。

古森 海外という定義自体、一般的に含まれる範囲が変わってきていますからね。以前は、多くの場合欧米先進国を意味したところが、今は新興国も含めて普通に「海外」ですから。日本よりも不便だったり生活水準が低いところに行ったりするというイメージも、実際に若者の意識に影響を与えているかもしれません。

河合 それに加えて、過去に大企業で海外経験を積んだ人々が、実際どのように処遇されてきたかという事実も、見逃せないと思います。例えば、海外にわざわざ留学させた人を、どう生かしてきたか。

古森 確かに、最近はいざ知らず、昔は海外経験をそのまま素直に生かすというような考え方が希薄だった企業もあったと思います。ある種の禊(みそぎ)というか、海外に行くには「ご褒美」のようなものだから、帰ってきたら思い切り日本に閉じた仕事をさせる・・・みたいな話も、よく耳にしました。

河合 そういった「Bad Example」というのは、世の中にけっこう伝わっていると思いますよ。だから、いわゆる先進国の海外留学に行ったとしても、そんなに日本の企業で生かされるわけではない、という現実的な観念も広がってしまったのだと思います。

古森 バブル期と比べるのが適切かどうか分かりませんが、明らかに日本から海外のMBAに挑戦する人は減っていますね。全般的にMBA熱のようなものが落ちてきていると思います。また実際、もうかれこれ20年近く経済が低迷しているわけですから、海外で経験して将来に賭けるということよりも、まずは足元の現実に向き合わざるを得ない人も増えたでしょうね。

河合 そうかもしれないですね。

古森 あとは、その長い閉塞感の中で生まれた、精神回路のようなものがあると思います。海外に行ったからといって、将来がうまくいく予定など、昔からなかったわけです。でも、一生懸命何かを勉強したら、「きっとうまく生かせるはずだ」と思うマインドが減っているのではないでしょうか。「うまくいくことを信じる」ということ自体、キャリアの可能性が開いていくためには大事なメンタリティだと思います。そこが、経済社会の構造問題の中で、人々の心から減ってきているのでしょう。

河合そういう見方もあるでしょうが、私はやはり、「ある程度豊かだから満足している」という姿ではないかと思いますよ。貧乏な人が増えたといっても、日本はまだまだ世界的に見れば相当豊かですからね。経済が低迷していると言っても、私の頃に比べれば、女性の働く機会は今のほうが圧倒的に多いと思いますし。

古森 なるほど。リスクをとることへの見返りが少ないという側面と、リスクテイクしなくても悪くない生活ができるんじゃない?という、両方の要素があるのでしょうね。

河合 わざわざリスクを取りたくないというその気持ちは、分かるのです。でも、そのままでは多くの人がグローバル化に遅れてしまいます。それでは日本がグローバルな世界から取り残されてしまいます。

古森 「やたらとグローバル化を言うのはおかしい」という声を、よく耳にします。実際、米国や欧州でも、ある特定の地域から生涯外に出ないという人もたくさんいます。ただ、日本はやはり特殊な国だと思うんですね・・・。資源に乏しく、本来は3,000万人くらいが適正人口と言う説さえもある中で、1億数千万人が世界最高レベルの生活水準を維持しているわけです。まれに見る、無理な豊かさを実現している国なのですね。好むと好まざるとに関わらず世界がどんどんつながって動いていく時代に、日本の人材が外に向けて動いていかないと、やはりいけないと思うのです。

河合 生活水準の高さをエンジョイすることに慣れてしまって、その生活水準自体の根底にあるリスクを見失っているのかもしれません。きちんと意識する必要がありますね。

古森 ええ、いい意味で、頭できちんと考えて危機感を維持する必要がありますね。海外に出て鍛えようとか、日本の位置づけを外の目線で考えようとか、そういうことを大人が言い続けるべきだと思います。企業に入ってからだと、手遅れになっている場合もあります。変化はいつでも可能なのですが、人間も生き物ですから明らかに変化しやすい時期というのはあります。個人としてのグローバル化に対する考え方を、高校生とか大学生とか、早い段階で形成しておくべきです。また、企業もそこまで立ち入って若者に影響を与えていくべきです。

河合 イギリスには「Gap Year」というのがあって、高校から大学に行くまでの間に、開発途上国に行って何かをお手伝いしたり、語学の勉強に行ったりする仕組みがあります。そういった経験というのも、若い時期にグローバル感覚を形成するうえで大きなプラスだと思いますよ。でも、そういう経験は、日本の企業ではあまりプラス評価しないようですね。企業の採用担当者が人を見る目線を変えていく必要があると思います。

古森 若いころに受験戦争オンリーの世界から離れる仕組みを持っている国は、長期的に強いと思います。韓国は軍隊に行きますよね。あれも「離れる」ことの一種です。軍隊そのものが良いものだとは私は思いませんが、きっと、学生の世界観から一旦頭をリセットする機会にはなっているでしょう。国のことも、否応なしに諸外国との関係の中で現実感を持たざるを得ない。米国でも、大学と大学院の間に個人の意思でボランティアをやったりして、世界観を広げる人が大勢いますよね。日本では、最短距離でレールを走る人を褒める傾向があります。いうなれば、出来るだけ多様性を減らすことで競争してきた国なのです。そういう社会のモデル自体、今は弱みになっている場合があります。

河合 ハーバードのアドミッション(入学願書審査部門)の人と話をすると、コミュニティサービスなどの経験は最低必要なことと位置づけているようです。当たり前のことになっているのですね。

古森 企業だけでなく、親の理解もないとだめですね。単線的な進路以外の人生に興味をもつ人は増えてきていると思いますが、受験戦争や就活戦争を降りてそちらに行くというのは、日本では多くの親が抵抗感を示すはずです。

河合 結局、「それもうまくいく可能性がある」ということが感じられないと、社会的な動きにはならないのでしょうね。米国では、直線的でない経験の積み方が実際に就職などでもプラスに働く場合があるから、いいのでしょう。

古森 企業は、多様なバックグラウンドの人にもう少し投資をしてみるべきだと思います。CSRということで色々と特別な予算を組む企業があります。それ自体は非常に良いことですが、人材育成自体が本当は立派なCSRだと思いますよ。資源のない国ニッポンで、唯一頼れる資源である「人」に投資をすることの意義は、立派に社会貢献です。企業の短期的な許容度を少しだけ超えて、人に投資する。それだけでも、十分CSRです。それをちゃんとCSRと位置づけて、IRすればいいのです。山に木を植えるのも、人に機会を与えるのも、CSRたりうると思います。

河合 たしかに。短期的には負荷になっても、長期的には社会全体として大きなプラスになりますね。

古森 実際、欧米で盛んになっている「責任投資」の分野でも、企業の人材マネジメントの質というのは、要素の一つに数えられ始めていますね。そういう視点で人事を見るべき時代です。ちょっと話が広がってしまいましたが、要するに、「グローバルへの現実感の欠如」というのは、個々人の問題であるとともに、社会の構造問題だということですね。やはり、どこかで日本の外の世界を感じる経験を積むことが大事で、そのために、今までにない変化や投資をしていく必要があると思います。