C-Suite Talk Live第43回 ノードソン株式会社 代表取締役 副社長 内田勝さん | マーサージャパン

C-Suite Talk Live第43回 ノードソン株式会社 代表取締役 副社長 内田勝さん

ライブラリ / 「経営×人・組織」視点の対談 C-Suite Talk Live / 第43回 (2/4)

第43回 ノードソン株式会社 代表取締役 副社長 内田勝さん
Calendar2011/10/13

グローバル・コミュニティで活躍するには

古森 今日は「お客様」という言葉が何度も出てきますが、グローバル化の流れの中で、御社のお客様のニーズはどのように変わってきているとお感じになりますか。また、それをふまえた場合、コミュニケーションのあり方も今後さらに変わってきますか。

内田グローバル化は、他の多くの企業と同様に、ノードソンにとっても大きなテーマです。もともと弊社は外資系であっても日本市場で商売をしている日本法人ですので、お客様の大半は日系企業です。多くの日系企業が海外に活路を求めて行くのは昨今のトレンドですが、そんな時こそグローバルネットワークを持つ弊社のような存在が役に立つはずです。実際、お客様の海外展開に沿って、弊社の社員もそれを支援する場面が増えてきています。

古森 これからは本当に、日本と海外をネットワークで結んで、かつ、その中で価値のある何かを日本のお客様に提供していくことが重要ですね。御社に限らず、例えばマーサーが住んでいるコンサルティングの業界などでも同じことが言えます。

内田そのネットワークを意味のある形で生かしていくためにも、やはり質の高いコミュニケーションが欠かせません。グローバル・コミュニティで通用するコミュニケーションにはある程度の普遍性がありまして、その基本を日本の人材も身につけていくべきだと思っています。

古森 普遍性・・・。

内田コミュニケーションの前提にある、ダイバーシティ感覚と言い換えたほうがいいのかもしれません。その根底には、先ほども申し上げた「相手に対する深い理解」という部分が共通していると思っています。

古森 ここでも、基本はやはりそうなりますか。

内田ダイバーシティの形式要件としては、まず性別、民族、年齢などの属性面でものを判断しないということに尽きます。洋の東西を問わず、人間というのは一定程度、こうした属性面でのバイアスを感じるものだと思います。だからこそ、そういうものでは判断しないという規範を、まず組織の運営の中で徹底する必要があります。

古森 おっしゃるとおりですし、その部分でも人類はまだ自分に言い聞かせながら「あるべき論」に馴染んでいく過程にあると思います。ただ、これは意識することで馴染んでいける類のものですね。

内田例えば、私が以前勤務していたシュルンベルジェ社は、ダイバーシティに関しては先進企業の一つだったと思います。組織のメンバー構成、研修の内容から仕事の現場での意識付けに至るまで、徹底して属性面のバイアスを排除する運営が行われていました。それが組織のカルチャーにまで浸透していましたね。私が今持っているバイアス・フリーの感覚というものも、その時代に形成された部分が大きいと感じています。

古森 それは良い場所でご経験を積まれましたね。習いが性になっている組織で実体験するものには、やはり力があると思います。

内田そういう属性面の話があって、その先に見据えるべきものは、多様なバックグラウンドや素性を持った個々人へのリスペクトです。そこが先ほど申し上げた、コミュニケーションとつながっているところです。

古森 日本社会の平均像よりも圧倒的に多様性の高い集団の中で、個々の違いや固有性をどれだけ認識して振る舞えるか・・・ということですね。

内田 グローバル・コミュニティに出たら、日本にいるとき以上に「相手のことを深く理解しよう」という姿勢で臨むべきです。属性でバイアスを持つのはそもそも不可ですが、逆に、属性が否応なしに生み出すものだってあります。例えば、それぞれの国が背負っている歴史だとか。そういうものは、よく理解して接しないと、無意識にこちらの常識でモノを言ってしまうことにもなりかねません。

古森 こちらにそういう意図がなくても、結果的には相手にとってリスペクトのない扱いを受けた・・・ということになるのでしょうね。

内田特に、日本のコミュニケーションは言外のニュアンスだとか、阿吽の呼吸など、アナログなものを好む面がありますよね。場合によっては、そういうものを前提に置くことさえ、相手にとってアンフェアな振る舞いになってしまいます。

古森 そうなると、相手の立場なり文脈なりをしっかりと理解する姿勢を持ちつつ、言葉としてもある程度普遍性のある、客観的な伝え方をする必要が出てきますね。その場合、英語というツールへの習熟度も重要になるでしょうね。

内田 その通りです。コミュニケーション・ツールとして、英語は不可欠です。英語のスキルアップは今後会社としても大事にすべきです。その上で、相手をリスペクトするための土台として、相手の国の政治状態、文化、民族性などについて、出来るだけ広く深く見識や理解度を持つようにしていくべきですね。

古森それが、グローバル・コミュニティで活躍する人材の常識だということですね。ちなみに内田さんは、ノードソンのグローバル・コミュニティにはもうかなり馴染んでおられるのですか。

内田 そうですね。ちょうど先日、2012年以降の事業計画のことなどで、アジア太平洋地域のマネジメントの集まりがありました。リージョン内のマネジメントメンバーとは、頻繁に意見交換や情報交換をしています。その中で気づいたのですが、私と初めて接した海外の人々がよく、「あなたのような日本人は初めてだ」「珍しい」ということを言います。それは、彼らのスタンダードから見て変だという意味ではなくて、グローバル・コミュニティでのコミュニケーションが出来る日本人が珍しい・・・という意味らしいです。

古森さもありなん、と思います。

内田 それから、とくにアジアの人々から見た場合、日本人の多くが過度に国を背負って振る舞っているようにも見えるようです。アジアで先進国の仲間入りをした国という立場を無意識に背負って、「何か教えなければならない」という気負いがあったり、あるいは暗に「日本は優れている」という驕りだったり・・・。私には、そういう部分が感じられないのだそうです。実際、私は、日本から伝えられるものもあるし、アジアから学ぶものもあると普通にそう思っています。

古森 結局、ステレオタイプ的なものの代表者ではなく、あくまでも日本という市場の現地法人経営をたまたま担当している、「個」としての自分が出せるかどうか・・・なのでしょうね。こちらも「個」で、相手も「個」の集まり。それぞれに多様な文脈があって、それを理解し、リスペクトしあいながら、最終的にはやはり目の前の「個」とコミュニケーションをとる。そこに「個」の色が見えない「集合体」の何かを背負って登場する人がいると、グローバル・コミュニティでは違和感があるのだと思います。

内田 「個」が見える人でないと、グローバル・コミュニティの場において、本当の意味でのリスペクトは得られないのだと思いますよ。