C-Suite Talk Live 第48回 三菱ふそうトラック・バス株式会社 人事担当常務 江上 茂樹さん | マーサージャパン

C-Suite Talk Live 第48回 三菱ふそうトラック・バス株式会社 人事担当常務 江上 茂樹さん

ライブラリ / 「経営×人・組織」視点の対談 C-Suite Talk Live / 第48回(3/4)

第48回 三菱ふそうトラック・バス株式会社 人事担当常務 人事・総務本部長 江上 茂樹さん
Calendar2012/02/08

グローバルな仕事環境への衝撃的覚醒

古森 その後、どうなったのでしょうか。

江上 結局、半年ほどで私は異動になりました。2005年の秋のことです。古巣の人事から、「マネージメント層の組織体系についてドイツ本社の仕組みとアラインメントする(揃える)プロジェクトが走るから帰って来い」と。それで、正直言えば「渡りに船」の心境で、人事に戻ってきたのです。

古森 いろいろと、複雑な思いがあったことでしょうね。

江上 はい。しかし、このアラインメントの仕事が、その後の私の人生の転換につながったと言っても過言ではないのです。

古森 どのような仕事だったのですか。

江上 簡潔に申しますと、人事制度統合のベースとして、ドイツ本社で採用しているマネージメント層の等級制度を日本の組織に導入するという仕事です。当時の当社の組織は当社独自の組織構造を維持していましたから、これは巨大な変化でした。それを1年でやれという話です。ドイツからもサポート人員が来て、突貫作業でやることになったのです。

古森 異動しても結局は「外国人」と仕事をすることになったわけですね。

江上 英語環境は、ある意味社長のエグゼクティブ・アシスタントの頃よりもさらに厳しくなりました。何しろ、四六時中ドイツからの助っ人やドイツ本社のプロジェクトチームと議論しながら進めなければなりません。最初は通訳を入れていたのですが、それだと時間的に間に合わなくなってきました。やむを得ず、カタコトでなんとか伝えるというモードに切り替えて、英語の勉強もしながらハードワークをこなしました。

古森 サバイバルですね。「英語ができません」ということは、もう言えない状況。

江上 そんな中で、数ヶ月必死で走り続けていたら、なんとなくコミュニケーションがとれるようになっていきました。そうしたら、徐々に自信もついてきて・・・。

古森 純日本風青年が、ついに英語の山をひとつ越えた瞬間ですね。

江上 英語の山をひとつ越えるとともに、仕事の仕方も大きく変わりました。何事にもきちんとしたロジックを組み立てて進めていくし、何よりも仕事のスピード自体が圧倒的に速いのです。以前の会社で求められていたスピード感とはまったく違いました。

古森 少年期から持っていた「外国人」アレルギーのようなものも、この頃に軽減したのでしょうか。

江上 最初は、四六時中一緒にいることがつらかったですよ。でも、ずっと一緒にいる中で分かってきたことがあったのです。「ああ、外国人だって人間なのだ」ということに、初めて気づきました。日本人だって、良い人もいれば嫌な人もいます。同じように、ドイツ人だって色々な人がいます。今では至極当たり前に思えることですが、そのときは衝撃の気付きでしたね。「ああ、同じ人間なのだ」と。

古森 少年時代からの「アンチ・外国人」の霧が晴れた瞬間だったのですね。そのアラインメントのプロジェクトが終わってから、どうなったのでしょうか。ご経歴を拝見しますと、その後しばらくしてから開発部門に移られていますね。

江上はい。2008年から2010年まで開発本部にいました。開発部門の人事も多少やりましたが、メインは開発管理的な仕事でした。開発費の配分・管理ですとか、設備の計画管理などです。個別の商品開発ではなくて、開発部門のとりまとめ業務ですね。人事の仕事もその一部という形でした。

古森 そこでもやはり、「外国人」との協働だったのでしょうか。。

江上そうです。当時の開発本部長がブームさんというドイツ人だったのですが、そのブームさんが、私に二度目の衝撃を与えることになります。

古森 二度目の衝撃・・・。

江上 彼のマネージメント・スタイルに強い感銘を受けました。非常に明快で、透明性があって、ロジカルで、スピーディーだったのです。それが、スーっと私の中に入ってきました。以前の社内の意思決定や指揮命令のプロセスというのは、「とにかくやれ」ですとか、感情的なものもあったりして、内心納得できないものも多かったのです。ところが、この人の仕事の仕方はまったく違いました。

古森なるほど。

江上 たとえば、こちらの組み立てたロジックがきっちりとしていれば、それがブームさんの考えていた内容と違っていた場合でも、「やってみよう」と言われることがありました。昔の日本の組織では、ありえなかったことです。もちろん、大きな会社ですから最終的な意思決定には色々な要素が入ります。でも、そうした多様で現実的な要素も含めて、どのように物事が決まっていくのかをこの人は透明に見せてくれました。

古森一緒に働いていて、納得感があったのですね。

江上 このときの感動が、私を大きく突き動かしました。10代の頃、あんなに嫌いだった「外国人」の世界に、予想もしていなかった素晴らしいものを見つけたのです。

古森 その後、人事にもどられて、部長職を経て今のお立場に・・・。

江上 今でも、あのとき感じたものを私なりのマネージメント・スタイルの中に表現しようと努力しています。まだまだ追いつけませんし、まったく同じになる必要もないのかもしれませんが、心の中にあるのはブームさんのマネージメント・スタイルです。

古森 本当に、キャリア観や仕事観がひっくり返るほどの衝撃だったわけですね。