オートメーションと定年退職

オートメーションは定年退職をついに過去の遺物とする

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オートメーションは定年退職をついに過去の遺物とする
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Calendar16 10月 2018

「定年退職」は少々時代遅れの考え方と言えるだろう。映画ビデオのレンタルショップ、ジージーと音を立てるダイアルアップ式のインターネット回線や、折り畳んでも元の形に戻らないかさばる地図と同じぐらい過去のものである。我々は今は違う時代に生きている。現代人は長寿でスマートに暮らし、高い生産性を生み出している。そのような時代に職場も適合しなければいけない。ある特定の年齢で男女を退職に追い込むことは不公平であるだけでなく、近視眼的でもある。人は今日、60代半ば以降でもまだまだビジネス、社会そして自分自身に与える事の出来る多くの価値を持つ。

過去とは違う加齢の概念

職場における文化や社員ガイドラインの多くが、技術の発展やオートメーション(自動)、人類発達の進化のペースに追いついていない。人の生活や年齢のとり方は数十年前と比較しても大きく変化している。

例えば、平均寿命に関する 1965年の統計を見てみよう。


同じ 国について2016年の統計を見てみよう。


これらの数字に唖然とする。わずか 51 年の間に人類の寿命は劇的に延びている。仕事のやり方、家族の養い方、そして人生における仕事の意味を含め、人であることの意味の全てを変化させた。技術やオートメーションが高齢従業員のニーズ、スキル、そして才能に対応していくようになれば65歳以上の従業員にとっての未来は明るい。

高齢労働者の時代におけるオートメーション

何十年もの間、従業員は職場に朝出社し夜に退社するという厳しく管理されたワークスケジュールに伝統的に従ってきた。その後従業員が65歳に達すると(もしくはその国で定年とされる歳になると)そうした支配は突然終わり、一定の年齢を超えるとピーク時の能力でその人はもう機能出来ないというロジックのもと、定年生活を強いられる。また人生の晩年になってまで働きたい人は誰もいない。時代は変わった。多くのプロフェッショナルにとって、労働は単に仕事ではなく、他者との絆であり、その人の価値を社会に示すことであり、心的・知的能力を鋭く保ち、そうした能力を発揮し成長させていくことでもある。

オートメーションは幸いにも定年の力学を崩壊させている。先端技術と人材管理ソフトは、定年退職をした従業員を彼らのライフスタイルに合った新しい形態で雇用し、スケジュールを組み給料を支払うことを可能とした。多くの企業は、シニアの社員を若い社員のメンターや教師、ロールモデルとしてその価値を活用している。不本意に退職を強いられる代わりに、シニア社員は非常勤従業員で構成される柔軟な労働力の一員となることができる。雇用者側も、シニア社員をフルタイムの社員として雇い続けるか、もしくは退職によりその労働力を完全に失うかの二者選択が不必要となるメリットがある。シニア社員は、プロフェッショナルとしての責任や同僚との繋がりを維持しつつ、雇用側はシニア社員が持つ優れた組織的な知識と価値を活用し続ける事が出来る。

結論:オートメーションと未来の仕事

キャリアは生涯の投資である。長いこと、時代遅れの職場方針は勤勉なプロフェッショナルに生活の喜びと対価から不公平な断絶を強いてきた。オートメーションはシニア社員が自らのキャリアとの繋がりを継続しながら、若い社員に変化に対応するをする機会を与える。殆どの人にとって一生にすらならないこの51年間で人間の寿命がこれほど著しく進化したのであれば、この間にこの変化を目の当たりにした人々、そしてそれが人生の一部である人は、年齢を重ねることで得られる非常に貴重な経験と知恵を持っていることになる。オートメーションはこれからも人の仕事のやり方を変革していくであろうが、それは決して知識や才能、経験が無意味になるということではない。将来的には単調で反復的な作業や低レベルのスキルの仕事が減ると思われるが、ベテラン社員の指導や物事に対する見方や洞察、見通しや見識は常に必要とされるものである。将来は、65歳になるという事はその人のキャリアを祝う時で、キャリアに別れを告げる時ではなくなるであろう。

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