『オル・イン Vol.52 シリーズ対談 進化する年金運用』に掲載されました

低リスク運用を旨とする閉鎖型企業年金 2回のALM実施を経て収益性との両立図る

激変する運用環境に立ち向かうアセットオーナーとコンサルタントの事例を紹介する本シリーズ。第7回は、日本ヒューレット・パッカード企業年金基金の常務理事、岡崎理史氏と、マーサージャパンの資産運用コンサルティング部門コンサルタント、加藤貴士が語り合った。

日本ヒューレット・パッカード企業年金基金 常務理事 岡崎理史氏
マーサー ジャパン 資産運用コンサルティング部門 コンサルタント 加藤貴士

――はじめに、日本ヒューレット・パッカード企業年金基金の概要について教えてください。

岡崎 当基金の資産残高は620億円(2019年3月末時点)で、予定利率は1.5%、運用目標はALMで策定したゴールに合わせて2.5%です。

特徴は、閉鎖型の企業年金基金だということです。当基金は2011年1月に、厚生年金基金から移行する形で閉鎖型のDB年金として設立されました。その背景には、親会社にあたる米国ヒューレット・パッカード・エンタープライズ(当時はヒューレット・パッカード社)の「年金のリスクを抑えたい」という方針の下、各国現地法人のDB年金を閉鎖型やDCに移行する動きがありました。そこで当社も2011年1月にDCを立ち上げるとともに、従来の年金は閉鎖型に移行したのです。そのため現在、社内にはDCと閉鎖型DB年金の2制度が並立しています。

いま当基金の加入者数は減少傾向にあって2000人を切る一方、受給権者数は2000人超で、年度で上下はありますが年間の掛金約5億円に対し給付は約25億円と、成熟度の高さが大きな課題になっています。

――企業年金の抱える課題に、マーサーはコンサルタントとしてどのようなアドバイスをされたのですか。

加藤 年金運用の見直しにあたって、その前提を考える際に、閉鎖型年金で受給者比率が高くなっていること、将来掛金が増えないことから給付超過がかなり長い期間続くことが予想されました。そのため、年金キャッシュフローを強く意識したポートフォリオ構築が求められると考え、政策アセットミックス(政策AM)の中にキャッシュを一定程度保有することを提案しました。

また、母体企業の本社が米国のため、企業年金も米国の会計基準に対応する必要があります。キャッシュを増やしてリスクを落としても、期待収益率が下がってしまうと連結決算上はコスト増になってしまう(年金資産における期待収益の額が会計上のマイナスの費用となる)ので、期待収益率を維持する形でポートフォリオを組むための工夫も求められました。

――コンサルタントの提案を受け、ポートフォリオの中身はどのように変化したのですか。

岡崎 珍しいケースだと思いますが、当基金は親会社が2015年以降4社に分社していて、それに合わせて企業年金も2回分割しています。つまり、この4年の間に2回ALMを行っているのです。

そうした中でも設立当初に定めた安定資産が8割、リスク資産が2割という大枠の考え方は変わっていませんが、中身の見直しは行っています。例えば設立時の安定資産は、キャッシュ1割と債券7割、リスク資産は株式2割でしたが、成熟度の高まりと、それを受けてのマーサーからの提案もあり、今ではキャッシュを2割に増やし、そのほかの債券資産やリスク資産も変化してきました。

現在の運用資産の比率はキャッシュ以外の安定資産が6割で、内訳はグローバル債券が44%、国内債券が14%、オルタナティブ資産が2%です。残り2割の株式中心のリスク資産は国内株式が5%、グローバル株式が5%、プライベート・エクイティ(PE)が7%、オルタナティブ資産が3%です。

オルタナティブ資産はファンド・オブ・ヘッジファンズが中心の運用ですが、投資開始以来の動きはリスク資産のような上下動が小さく、債券に近い動きでした。そこで加藤さんに「これもリスク資産ですか」と相談したところ、「6割をリスク資産、4割を安定資産に切り分けましょう」という話になりました。その結果、5%のオルタナティブ資産のうち3%をリスク資産、2%を安定資産と分けています。

加藤 オルタナティブ資産の整理についてですが、まず大枠で安定資産が8割、リスク資産が2割と定められていましたが、そのどちらかに分類する必要は必ずしもありません。リスク特性を勘案し、大枠の2資産区分においてオルタナティブ資産5%を3%:2%に分割して整理しましょうと提案する形となりました。

2回のALM実施を経てリスクを抑えつつ、収益も確保する構造へ

――4年間で2回のALM実施は確かに珍しいケースですが、それぞれの見直しではどんなことを重視されましたか。

岡崎 私が2015年に着任した時には、すでに前任者が十分に収益を稼いでくれたおかげで多くの剰余金が出ていたため、その年に実施した1回目のALMにともなう運用見直しではリスクを落とすことを目標にしました。そこで加藤さんにアドバイスをいただきながらリスクの高い戦略を外し、ファンドの本数もなるべく減らしてシンプルな構成にしました。

具体的には、株式ポートフォリオの中でリスクが高めのエマージング株式やグローバルREITのほか、外国債券でも総じてリスクが高めの戦略を解約しました。また、為替がオープンの外国資産はオーバーレイをかけて、為替リスクもヘッジしました。特に、それまで外国債券では為替ヘッジがかかっていない戦略にも投資していて、安定資産の中に為替リスクを内包している状態だったのです。

しかし、こうしてリスクを落とした結果、他の基金と比べてパフォーマンスで見劣りするようになりました。また、国内債券は1回目の見直しで35%にしたのですが、ALMの面では儲かりません。10年のレンジでALMを実施するのは理解できるのですが、最初の5年くらいのリターンを試算するとプラスは出ません。

「リターンがマイナスになるのが目に見ている資産に投資することを、委員会でどう説明したらいいのか」と、私は困りました。結果、2017年の2回目の見直しでは、「国内債券をどうするべきか」「どうやって収益を確保するか」という観点で加藤さんに質問をぶつけ、今の政策AMを作っていきました。

加藤 2017年の見直しでは、国内債券を35%から14%まで落とし、その分をキャッシュとグローバル債券に振り分けました。2回の見直しの間に、日銀がマイナス金利やイールドカーブコントロールなどの金融政策を導入した結果、今では10年債の利回りは0%近くで低位安定という状況です。また、中長期的に金利が一定程度上昇するシナリオをメインとして国内債券の期待収益率や退職給付会計上の割引率をシミュレーションしました。そうなると低収益の国内債券を持つ意味があるのかという疑問が生まれるのは当然ですが、一方で、日本に根付いている円建て負債に対応した運用を考えると、幾分は日本の金利に連動した資産を持つことも正当化されます。

他方で低収益性や金利上昇への耐性をなんとかポートフォリオとして実現するために、当社からは、純粋な国内債券パッシブ運用ではなく、アクティブ運用で収益性を高めたり、物価連動債に投資したりするなど、国内金利資産での分散効果追求を提案しました。

外債については35%から44%に拡大することになったので、既採用戦略で継続可能なものを活かしつつ、従来基金運用では取り組まれていなかった比較的複雑な特化型の債券運用、例えば資産担保証券や、セキュアードファイナンスのように国内基金では当時あまり導入されていない資産クラスも提案し、ご採用いただきました。

純粋な債券パッシブ運用で収益性が上がらない中では、何らかのリスクテイクが必要になります。そこで、①リスクが偏らないよう分散を心掛けること、②多くの基金では一般的ではないかもしれないが、複雑性あるいは若干流動性のリスクをとるなどリスクの種類を多様な形に分けること、の2点を意識しました。それによって、基金が目標とする「収益性の維持」が可能なポートフォリオを構築していきました。

――年金キャッシュフローを意識してキャッシュ比率を高めに設定されていますが、一般的に、リターンを生まない資産を多く持つことについては意見が分かれそうです。

岡崎 キャッシュを多く持つことについて、特に本社にはよく理由を聞かれました。しかし私たちのような給付超過の基金では、ある程度のキャッシュを持っていたほうがうまくワークすることもあります。

例えば年に1度、ポートフォリオ維持のためにリバランスする時は、ちょうどキャッシュが少なくなったところでリバランスを行います。他の給付超過の基金だと、給付に合わせて微調整するなどコントロールに手間がかかりますが、最初からキャッシュをある程度持ってリバランスを行うことは、実は効果的だと感じています。

加藤 キャッシュを20%に設定したのは、成熟度が高まってキャッシュアウトが増えたことに加え、債券でのリスクテイクが増えたことに対して極めてローリスクの資産をもつことで、バーベル型のポートフォリオを目指した結果ともいえます。

岡崎 もっとも、これを決定した時点ではキャッシュ部分に関わる手数料はほとんどなかったのですが、今では若干発生するようになりました。キャッシュの保有比率については、今後も検討が必要でしょう。

株価急落でリスクを再認識 見直しではコンサルのカバレッジが武器に

――現在のポートフォリオをどう評価されていますか。また、実際に運用してみて改善したい点はありますか。

岡崎 基金の設立以来、年度のリターンが一度もマイナスに陥っていないことは高く評価しています。そもそも連結決算の関係でパフォーマンスの下振れはもちろん上振れも困るため、ベンチマークよりも絶対収益を気にしています。パフォーマンス自体のブレがなく安定しているのも良い点です。2017年の見直しで選んだ戦略を、全て入れ終えたのは2018年の12月です。新しく採用した戦略は厚めのインカム獲得が目的のため、どこまで運用に貢献できるかを見定めたいと思っています。また今年4月末の時点で、ようやく新規採用の投資先運用会社のリターンが全部プラスになりました。これからは、どこまで上手くいくかに注目です。

とはいえ、18年の10月と12月に株価が急落し、一時的にマイナスリターンになった時はさすがに心配になりました。当基金はリスクを抑えた運用のため、他の基金より下落率が低いはずなのですが、それでももう少し運用を安定化できないかと考えています。今はリスク資産の比率を2割にしていますが、もう少し引き下げてもいいかもしれません。特に株式のリスクの高さが気になるので、次の見直しの時には再検討したいところです。

加藤 前回の見直しからまだ1年弱ということもあり、現状では何か問題があるか定量的には評価が難しいところです。一方で単純に株を減らす場合、減らした分だけ期待収益率が落ちてしまうため、企業会計を意識すると代替の投資対象を探さないといけません。そこを踏まえると、コンサルタントに期待されている役割として大きいのはカバレッジだと考えています。

これには、既存のアクティブ運用戦略に対する定性評価はもちろんですが、いま投資していないもの、あるいは先述のセキュアードファイナンスのように、検討時点では日本に普及していない戦略も含まれます。当社はグローバルファームであり、国内のみならず、世界中に多くの知見や事例が蓄積されていますから、そうした期待にも応えられる体制があります。

岡崎 日本で提供されている戦略が全てではないですから、そういったものまで含めて幅広く検討していきたいです。ただ、海外の運用担当者だと直接会う機会がほとんどなく、このマネジャーで本当にいいのかという評価が難しい。その点、マーサーはグローバルなカバレッジ機能を有し、個々の運用担当者のレベルまで対面でレビューしながら定性評価を行うため、安心感があります。

「まずはやってみよう」の試みで ESGの調査・ヒアリングを実施

――年金制度の持続可能性を高めるために、運用以外の面で何か意識されていることはありますか。

岡崎 企業年金の担当が変更になるときに備えて、「どんな経緯で、どんな議論を行い、どんな理由で採用したのか」を必ず記録として残すようにしています。

加藤 当社は外資系のコンサルティング会社ですが異動も少なく、1人のコンサルタントが長期間同じお客様を担当します。私は2014年から日本ヒューレット・パッカード企業年金基金を担当していますが、これからも基本的に交代の予定はなく、コンサルタントの存在が基金のインフラのような形でナレッジを担保できていると思います。

もちろん属人的な要素では心許無い部分がありますので、「担当者とどんな議論をして、マーサーがどういう背景で、どういう提案をしたのか」について極力ドキュメンテーションし、その都度書面で提示してディスカッションをリードしようと心掛けています。

岡崎 仮に次の担当者に代わっても、前任者や前々任者のやってきたことをマーサーからも新しい担当と共有してもらえることは非常に助かります。今やっていることが次の世代にも伝わるように整理して、将来きちんと説明できるようにしていますが、基金のナレッジギャップを埋める上でマーサーのサポートには感謝しています。

――昨今、日本の企業年金では「スチュワードシップ責任」に対する意識が高まっていますが、基金で何か取り組まれていることはありますか。

岡崎 現時点ではスチュワードシップ責任に対する明確なアクションは起こしていませんが、「ESGで何かできることがあるか、とりあえず調べてみよう」ということで、委託している全運用会社に「ESGでどんな取り組みをしているのか」「スチュワードシップでどういう取り組みをしているのか」「それらについて、当社が運用委託している商品ではどのように考えているのか。効果があると思うのか」といった質問を投げかけました。

同時に加藤さんには、「全運用会社を対象にESGの評価をつけてほしい」とお願いしました。今はまず自分たちで理解することから始め、将来何ができるかの調査に取りかかったところです。

加藤 当社はグローバルファームとして、日本の企業年金がESGに着目する前からESGを意識した活動を続けていました。実際に定性評価で戦略のレーティングをつける時も「運用のエッセンスとしてESGがどのくらい組み込まれているのか」を通常のレーティングとは独立した形で評価しており、採用した戦略の状況をアセットオーナーが確認できるツールとしてご利用いただけます。

コンサルタントは「伴走者」として企業年金のナレッジギャップを埋める存在

――最後に、企業年金としてコンサルタントにはどのような役割を期待していますか。

岡崎 たくさんありますが、あえて挙げれば次の6つの役割でしょう。1つ目は、マーケットが今どう動いているのかのアップデートや、そのタイミングでホットなテーマなどの情報提供です。2つ目は運用会社の定性評価で、マーサーとして標準よりパフォーマンスが出ると考えているのか否か。もし定性評価が変わるならば、私たちもすぐアクションを取らないといけないケースもあります。加藤さんには随時情報をいただいていますが、特にレーティングが変わった場合はすぐ情報が欲しいです。

3つ目はカバレッジの広さ。なるべく大きなカバレッジの中で、優れた戦略を選んでいきたいからです。4つ目は基金が弱い部分のサポートです。母体が外資系企業なので英語のレポートが必要で、また英語での運用報告会には、コンサルタントにもお付き合いいただきたい。5つ目は、基金の担当者が交代した時のナレッジギャップを埋めるサポートです。そして最後に、当社のように分社などで制度変更が起こり得る場合、新たな基金の負債と当社の制度を考慮して的確なアドバイスをいただけるとありがたいです。

時々私が素人の思いつきで突飛な質問をすることもあり、驚かれることもあると思いますが、それにもきちんと反応をいただけることには感謝しています。

加藤 カバレッジや情報提供については、幸いなことに当社にはデータベースやグローバルな知見が揃っています。コンサルタントもアクセスしやすく、情報収集して提供することはそれほど難易度の高いことではありません。

それでは、コンサルタントが提供できる専門性とは何なのでしょうか。年金運用について一定の知見があることはもちろんですが、単にそれを右から左に流すことではありません。伴走者のように、一緒に相談しながら道筋を立てていくことが重要だと思います。運用担当者が意思決定をする際に、「よくわからないけどコンサルタントが言うのだから採用しよう」では困ります。

そこで、例えば運用会社とのミーティングでも、当社のファンド調査担当者が確認している部分はありますが、それとは別にお客様とのミーティングに同席したり、アウトソーシングしているマネジャーとの電話会議にも同席して英語で質問したり、ナレッジのギャップが縮まるようなお手伝いを心がけています。

また、カバレッジはできる限り広くというご要望もありました。仮に国内年金にはまだ採用されていない複雑な戦略だったとしても、「難解だから紹介するのはやめよう」と思考を停止させるのではなく、しっかりと考えて理解してもらう、あるいは理解するためのサポートがコンサルタントには求められているのだと思います。一緒に走るとはそういうことですから、その役割にしっかりと応えていきたいです。

――本日はどうも、ありがとうございました。

※ 本対談は『オル・イン Vol.52』(想研)に掲載されたものです。

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