フロンティアの舞台裏~ヤンゴン大学の教室から~ Vol. 11 | マーサージャパン

フロンティアの舞台裏~ヤンゴン大学の教室から~

Vol.11 ヤンゴン・ビジネススクール一日体験記 ~MBA学生とミャンマーのビジネス風景を眺める~

大久保 晋吾

執筆者: 大久保 晋吾(おおくぼ しんご)

北海道十勝の大自然に憧れ、親元を離れ9歳で山村留学、小学校時代を過ごす。途中、経済的事情により高校中退を余儀なくされるも、多くの心ある人達に支えられ、後に慶應義塾大学、同大学院を、共に特待生(学費全額免除)として修了。弁護士(世田谷綜合法律事務所所属)。元外務省職員。現在は2013年末に25年振りに再開したミャンマーのヤンゴン大学で教員として日々奔走中。
また、ライフネット生命保険はじめ、複数の経営コンサルティング会社、4つの国内最大手法律事務所でインターンとして勤務した事を機に社会起業家(ソーシャルアントレプレナー)に興味を持ち、ミャンマー発のスタートアップ、ソーシャルベンチャーキャピタル等の支援にも関わる。

ヤンゴン大学にも、ビジネススクールが実は存在します。
法律家らしく正確性を期すと、元々、ヤンゴン大学の経済学部(Department of Economics)であったものが、今はヤンゴン経済大学(Yangon Institute of Economics)として独立の大学に昇格しましたが、実体としては変わらず、今日も同じキャンパス内で多くの若者が経済学、経営学の習得を目指しています。
キャンパスが同一であるため、大学間の交流も多く、ミャンマーにおけるビジネス環境や喫緊の経済問題については、彼らとの会話から教わることも多くあります。

皆使っている、と言っても大きく違わないほど、学生たちはiPhone等のスマホで常時FacebookやTwitterを楽しんでいますが、そんなミャンマーの世界を変えた起業家、スティーブ・ジョブズ、マーク・ザッカーバーグ、ジャック・ドーシーに倣って、ヤンゴンの街を散歩しながら、MBA学生とミャンマーのビジネス風景を眺めてみたいと思います。

日々の生活に隠れた価値

まず市場(イチバ)に行くと、暑期に美味しく食べられる果物マンゴーに目が止まります。日本では、宮崎産のアップルマンゴーが大変人気ですが、実はミャンマーとインド北東部を原産とするこの果物、ミャンマーでは約4000年前から栽培されていると言われ、今も200種類ほどのマンゴーが全国の市場に並びます。

視点を変えて、市場(マーケット)という観点から考えた場合、キャンパス内にも自生しているほど当地では見慣れているマンゴーも、大変な価値があるように思えます。
例えば、マンゴープリンを売りにする香港の中華料理の名店が、原料として、現在日本でも多く輸入されているフィリピン産(カラバオ種)ではなく、200種類のうちからより美味しい種を見出すようなことが有り得るでしょう。実際にミャンマーで最上と「されている」(200種もあるので、真偽は定かではありません)、セインタロン種(ミャンマー語で「ダイアモンド」の意)は一部の国にしか輸出されていないようですし、私自身、マンゴーとは思えない爽やかな味がする味の品種に出逢ったことがあり、素人ながら料理の創作意欲を掻き立てられたことを覚えています。

マンゴーを始めとするイチバの食材は、存在自体を知られていないか、規制等により輸出されていないために、価値が隠れていると言えるかもしれません。実際の課題は後者のみであるため、単純に発想すれば、ミャンマーにおいて(後者の問題に直面しない)、その食材を活かしたビジネスをすることも選択肢として考えられそうです。

現在ミャンマーのベストレストランとして名高いLe Planteurは、このような視点から、元々スイスでミシュランの星を持っていたシェフが星を返上して移住し、ミャンマーの素材を活かした新しい料理を創作したのでは、との想像にも思い至ります。

そんな完熟のマンゴーを摘みながら、小一時間散歩を続ける中で、学生たちは口々に、「就職先として良い会社を知らないか」と相談を持ち掛けてきます。そんな進路相談に応えながら、日本人に限らず、欧米出身の友人からも、「良い人材がいたら紹介してほしい」という相談を幾度も持ち掛けられたことを思い出します。

学生からは良い就職先がないかと尋ねられ、企業からは良い人材がいないかと相談される、良く考えれば、この状況にも価値が見出せるように思います。少しずつ学生向けのジョブフェアなどの開催は見かけるようになりましたが、日本では(私の学生時代でも!)当たり前のようにあった就職支援サイト等は見当たらないようです。

以前はスマホも普及していなく、当局の(事実上の)規制などにより実現困難だった可能性が高いですが、現在では物的・法的な障害はないように見えますので、近い将来何らかの形で様々な人材マッチングシステムが登場するでしょう。先日、ヤンゴン工科大学において、日本企業がキャリアセンターを開設したことが、この分野の嚆矢となることを期待しています。

さて、時には40℃を越える猛暑の中、長時間散歩するわけにはいかないので、WiFi環境のあるカフェで一休みすることにします。彼らがスマホでイベント情報を共有する様子を眺めたり、紛争下の荒れ果てた難民キャンプに懸命に生きる、教育機会のない子供たちの事を一緒に考えたりしながら(第7回参照)、のどかな一日を過ごしました。

難民キャンプの少年たちが教育を受けるには、CourseraやKhan AcademyといったMOOCが盛んになった今日でも、幾つかの物的な障害がありそうですが、数歩手前の段階として、ヤンゴンに住む街の若者たちには、プログラミング教育などの道が開かれるようになりました。
例えば、東日本大震災後の福島県浪江町への支援として注目されたCode for Japanと同様に、テクノロジーを活用して地域の課題解決を支援するCode for Change Myanmarが既にコミュニティとして立ち上がっています。

Made With Myanmar

最後のフロンティアと呼ばれ、他のアジア諸国の背中を追いかけるミャンマーでは、向こう数十年、様々なビジネスが興り、企業、NPO、国際機関、多くの方が彼らのようなミャンマー人と働きを共にすることになるでしょう。

世界シェア9割を越えるルビーの産出などの一部産業を除き、ミャンマー唯一無二のモノを求めるのは、まだ期待が過ぎるかもしれませんが、ミャンマーの地を活かした「Made With Myanmar」が世界に届く日は、そう先のことではないように思います。

ヤンゴン大学が25年間閉鎖されていたように、ほぼ一世代分を無為に過ごしたため、どうやら若い世代の活躍が、この国にとって非常に大きな比重を担うことにもなりそうです。彼らがどんな隠れた価値を見つけ出し、今はない新しい価値を創造するのか、これからも彼らと一緒にマンゴーを頬張りながら、人生の散歩を楽しむつもりです。