カルチャーギャップへの着手がM&Aの成否を分ける 

12 2月 2020

筆者はコンサルタントとして、クライアント企業のクロスボーダーM&Aを組織・人事の側面から支援している。主に日本企業による海外企業買収案件における組織・人事デューデリジェンス、経営者リテンション、PMIに跨るプロジェクトに種々参画してきたが、特にPMIにおいてクライアントが直面する「カルチャー」の問題を、直接・間接に目の当りにすることが多い。例えば、以下のようなことである:

  • レポーティングラインが複雑化、誰が何の意思決定者なのか不明瞭になり、重要な意思決定まで想定以上に時間を要する
  • ディールの目的や根拠、クロージング後の事業計画が正しく理解されていないために、トランザクションによって引き起こされた諸所の変化に対して都度ハレーションが起きる
  • 親会社(日本企業)と対象会社(海外企業)間で、報酬やインセンティブへの期待と理解に乖離があり、新インセンティブ制度設計が思うように進まない
  • 親会社(日本企業)からのコミュニケーションが不足、またコミュニケーションの内容がハイコンテクストであるために、対象会社(海外企業)エグゼクティブの理解が得られない

また、筆者は、マーサーのグローバル調査1において、いくつかの国内クライアント企業に対してインタビューを実施した。日本企業の中でも、海外企業買収を多数手がけ、ディール中からPMIまで、セラーや買収先企業と直接協働した経験を積んだクライアントは、その経験の中で「カルチャー」が重要なキーとなっていることを、実感を持って理解している。ゆえに「カルチャー」という、一見すると定性かつ無形のトピックであっても、具体的に語ることができることを、インタビューを通して強く感じた。海外企業買収を手がけたクライアントは、買収後のカルチャーギャップに多く悩まされているのである。

1M&Aが複雑化していることを背景に、カルチャーの理解とコントロールがM&Aにどのような経済的価値をもたらすか、グローバルで調査したもの。「カルチャーの適合や統合の問題」が原因で、30%のM&A案件において業績目標の達成に失敗し、67%の案件で買収効果が出るのが遅くなり、43%の案件で買収合意が遅れたり、買収合意できなかったり、買収価格に悪影響があったことが明らかになっている。

ここでいう「カルチャー」とは、狭義の企業文化や、バリュー、行動指針、もしくは国民性やお国柄等に限定せず、より広範な概念であり、マーサーでは10の要素で構成される企業運営環境として捉えている(図1)。デューデリジェンス期間中はその重要性の認識が(少なくともこれまでは)あまり高くなく、全体の中における相対的な優先度が低いことから、買収契約までに十分な検証がされることは実際には難しい。しかし、年々複雑化するM&Aにおいて、カルチャーの問題が高い確率で、買収の成否にインパクトを与えることが認識されてきており、その検証の必要性は無視できない。

図1) Mercer’s culture framework

 

では、M&Aにおけるカルチャーの諸問題はどのように検証したらよいだろう?買い手と対象会社の現状のカルチャーを比較して、その類似点と相違点を洗い出すだけでは、一時的な現状分析に留まってしまう。まずは、M&Aにより達成したいゴール(業績)、その業績をどのように、いつまでに実現するのか、なぜ対象会社なのか、なぜ買収なのか、買収後の事業運営の具体的なイメージ、経営統合・組織統合の形態を検討し具体化する。それを踏まえて、カルチャーを構成する10の要素について、両者の現状と(M&Aの目的実現に向けた)理想を比較分析する必要がある。そこから洗い出された類似点は強みとして、相違点は買収後早期に議論し、そのギャップを埋めることで、M&Aの目的実現の遅延や失敗のリスクを低減できるのである。

買収後の事業運営のイメージを具体化することは、カルチャーギャップの検証の上で重要になる。日本企業が海外企業を買収する際、多くの場合は買収先企業または事業をスタンドアロンで運営し、現行経営陣を続投させ、なるべく「現状維持」を図る。変化を最小限に留めることは、カルチャーギャップによる問題を発生しにくくし、従業員の不安を取り除き、事業を安定的に継続させ、移行期間をスムーズなものにするだろう。しかし一方で、本当にスタンドアロン運営で所期の買収目的とそのゴールを達成できるのか、シナジー創出や経営統合・組織統合の可能性を検討する必要がないか、忘れてはいけないはずである。また、一定期間のスタンドアロンを謳っていても、実際には、連結会計上財務データを統合しなくてはならない、コンプライアンスリスク管理のために買い手の品質管理プロセスに統合しなくてはならない、グローバルの報酬ポリシーを適用しなければならない等、実務上統合する必要がある課題が発生し、むしろフラストレーションを大きくしてしまうこともある。また、買収後の運営モデルがはっきりしないと、誰にどの財務責任があるのか、意思決定プロセス、および意思決定権限が不明瞭になり、混乱と事業運営の遅延を招く。買収後の運営モデル(図2)を具体的に議論した上でカルチャーギャップの検証をすることにより、M&Aを成功に導きたい。2

2 参考http://content.mercer.com/MA/How%20Do%20You%20Intend%20To%20Run%20This%20Place.pdf

図2) How do you Intend to run this place?

著者
小川 名穂子

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